庫で勝手に勅書を変更し専断の応接をしたとのうわさが立ったと語り聞かせ、そのために各公使は異議なく退帆したが、彼の罪は大逆無道にも相当する、直ちに切腹を命ずるがいいと奏上するものがあって、朝廷でも今少しでそれをお許しになるところであったと語り聞かせた。しかし、将軍と一橋公とは、さすがにそんな軽はずみを戒められ、小笠原壱岐もまた親しく本人の言うことを聞き、松平伯耆の言うことも聞かなければ容易に当事者を罪すべきでないと陳述したという話もあった。ちょうど松平伯耆からの来状を得て、ほぼ談判の模様も知れたから、もはや深く憂いるにも及ぶまいとの話もあった。
「しかし、御同列のお名前を拝借いたしまして、連署で書面を送りましたことは、専断と申されても一言もございません。こればかりは恐縮に存じます。」
 と言って駿河はそこへ手をついた。臨機の処置を執るまでの談判の模様をも語った。
「いや危急の場合だ。それくらいの事を決断するのは至極もっともな話だ。」
 小笠原老中は同情のある語気でそれを言った。さらに声を低くして、駿河が京都に滞在するのははなはだ危《あぶ》ない、早速今晩にも去るがいい、江戸の方へ行って閉門謹慎するがいい、あとの事は自分がこの地においてなんとか取り繕おう、周旋もしようと言い聞かせた。
 この小笠原老中の言葉にやや安心して、駿河はそこをすべり出た。監察|向山《むこうやま》栄五郎のことが彼の胸に浮かんだ。せめて栄五郎だけにはあい、今度の事から後日の処置を話して行きたいと思って、そばにいる人に尋ねると、栄五郎は過ぐる日すでに罪を得て旅籠屋《はたごや》に閉居する身であるとの返事であった。
 夕闇《ゆうやみ》が迫って来た。城内の廊下も薄暗い。その時、蓬髪《ほうはつ》で急ぎ足に向こうから廊下を踏んで来るものがある。その人こそ軍艦奉行、兼外務取り扱いとして、江戸から駆けつけて来た彼の友人だ。監察の喜多村瑞見だ。駿河は友人を物の陰に招いたが、こまかい話なぞする時がない。ただ、時事はまたいかんともしようがない、友人が自分に代わって努力してくれるように、とのわずかなことだけが言えた。
「あとの事はよろしく頼む。」
 その言葉を瑞見に残して置いて、そこそこに駿河は二条城を出た。彼は大坂からその城に移って来ている知人らに別れを告げる暇《いとま》をすら持たなかった。

       五

 京都か
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