ばかりじゃありますまい。あれから総督の田沼|玄蕃頭《げんばのかみ》が浪士の跡を追って来るというので、またこちらじゃ一騒ぎでしたよ。御同勢千人あまり、残らず軍《いくさ》の陣立てで、剣付鉄砲を一|挺《ちょう》ずつ用意しまして、浪士の立った翌日には伊那道の広瀬村泊まりで追って来るなぞといううわさでしょう。御承知のとおり、宅では浪士の宿をしましたから、どういうことになろうかと思って、ひどく心配しました。あの翌々日には、お先荷の長持だけはまいりましたが、とうとう田沼侯の御同勢はまいりませんでした。あの時ばかりはわたしもホッとしましたよ。聞けば飯田藩じゃ、御家老が切腹したといううわさじゃありませんか。おまけに、清内路の御関所番までも……」
 吉左衛門は年老いた手を膝《ひざ》の上に置いて、深いため息をついた。
 父が席を避けて行った後、半蔵は水戸浪士の幹部の人たちから礼ごころに贈られたものを二人の友だちの前に取り出した。武田、田丸、山国、藤田諸将の書いた詩歌の短冊《たんざく》、小桜縅《こざくらおどし》の甲冑片袖《かっちゅうかたそで》、そのほかに小荷駄掛りの亀山嘉治《かめやまよしはる》が特に半蔵のもとに残して置いて行った歌がある。水戸浪士に加わって来た同門の人が飯田や馬籠での述懐だ。
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あられなす矢玉の中は越えくれどすすみかねたる駒《こま》の山麓《やまもと》
ふみわくる深山紅葉《みやまもみじ》を敷島のやまとにしきと見る人もがも
八束穂《やつかほ》のしげる飯田の畔《あぜ》にさへ君に仕ふる道はありけり
みだれ世のうき世の中にまじらなく山家は人の住みよからまし
草まくら夜ふす猪《しし》の床《とこ》とはに宿りさだめぬ身にもあるかな
つはものに数ならぬ身も神にます我が大君の御楯《みたて》ともがな
木曾山の八岳《やたけ》ふみこえ君がへに草むす屍《かばね》ゆかむとぞおもふ
[#地から7字上げ]嘉治
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「亀山は亀山らしい歌を残して行きましたね。思い入った人の歌ですね。」
 と景蔵が言うと、半蔵は炬燵《こたつ》の上に手を置きながら、
「あの騒ぎの中で、亀山とは一晩じゅう話してしまいました。もっとも、番士は交代で篝《かがり》を焚《た》く、村のものは村のもので宿内を警戒する、火の番は回って来る、なかなか寝られるようなものじゃありませんでしたよ。わたしも興奮し
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