れて平田派の古学に目を見開いたという閲歴を持っている。信州北伊那郡小野村の倉沢義髄《くらさわよしゆき》を平田|鉄胤《かねたね》の講筵《こうえん》に導いたのも、この正香である。後に義髄は北伊那における平田派の先駆をなしたという関係から、南信地方に多い平田門人で正香の名を知らないものはない。
 この人を裏の土蔵の方へ導こうとして、おまんは提灯《ちょうちん》を手にしながら先に立って行った。半蔵も蓙《ござ》や座蒲団《ざぶとん》なぞを用意してそのあとについた。
「足もとにお気をつけくださいよ。石段を降りるところなぞがございますよ。」
 とおまんは客に言って、やがて土蔵の中に用でもあるように、大きな鍵《かぎ》で錠前をねじあけ、それを静かに抜き取った。金網の張ってある重い戸があくと、そこは半蔵夫婦が火災後しばらく仮住居《かりずまい》にもあてたところだ。蓙《ござ》でも敷けば、客のいるところぐらい設けられないこともなかった。
「お客さんはお腹《なか》がおすきでしたろうね。」
 それとなくおまんが半蔵にきくと、正香はやや安心したというふうで、
「いや、したくは途中でして来ました。なにしろ、京都を出る時は、
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