は、この地方の動揺の中だ。


 旅人を親切にもてなすことは、古い街道筋の住民が一朝一夕に養い得た気風でもない。椎《しい》の葉に飯《いい》を盛ると言った昔の人の旅情は彼らの忘れ得ぬ歌であり、路傍に立つ古い道祖神《どうそじん》は子供の時分から彼らに旅人愛護の精神をささやいている。いたるところに山嶽《さんがく》は重なり合い、河川はあふれやすい木曾のような土地に住むものは、ことにその心が深い。当時における旅行の困難を最もよく知るものは、そういう彼ら自身なのだ。まして半蔵にして見れば、以前に師匠と頼んだ人、平田入門の紹介までしてくれた人が神奈川から百里の道を踏んで、昼でも暗いような木曾の森林の間を遠く疲れて帰って来ようという旅だ。
 半蔵は旧師を待ち受ける心で、毎日のように街道へ出て見た。彼も隣宿|妻籠《つまご》本陣の寿平次《じゅへいじ》と一緒に、江戸から横須賀《よこすか》へかけての旅を終わって帰って来てから、もう足掛け三年になる。過ぐる年の大火のあとをうけて馬籠の宿《しゅく》もちょうど復興の最中であった。幸いに彼の家や隣家の伏見屋は類焼をまぬかれたが、町の向こう側はすっかり焼けて、まっ先に普
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