る助郷《すけごう》の中には腕をさすって、ぜひともお輿《こし》をかつぎたいというものが出て来る。大変な御人気だ。半蔵は父と同じように、麻の※[#「ころもへん+上」、第4水準2−88−9]※[#「ころもへん+下」、第4水準2−88−10]《かみしも》をつけ、袴《はかま》の股立《ももだ》ちを取って、親子してその間を奔走した。
「姫君さまのお輿《こし》なら、おれも一肩《ひとかた》入れさせてもらいたいな。」
 これも篤志家の一人《ひとり》の声だった。
 翌日は中津川お泊まりの日取りである。その日は雨になって、夜中からひどく降り出した。しかしその大雨の中でも、もはや道固めの尾州の家中が続々馬籠へ繰り込んで来るようになったので、吉左衛門も半蔵も全く一晩じゅう眠らなかった。
 いよいよ馬籠御通行という日が来た。本陣の仮住居《かりずまい》の方では、おまんが孫のそばに目をさますと、半蔵も父も徹夜でいそがしがって、ほとんど家へは寄りつかない。嫁のお民は、と見ると、この人は肩で息をして、若い母らしい前垂《まえだ》れなぞにもはや重そうなからだを隠そうとしている。
 おまんは佐吉を呼んで、孫のお粂《くめ》をおぶわせ、村はずれに宮様をお迎えさせることにした。そこへ来た新宅のお喜佐(おまんの実の娘、半蔵の異母妹)には宗太をつけて、これも家の下女たちと一緒にやることにした。
「粂さま、おいで。」と佐吉はお粂を背中にのせて、その顔をおまんに見せながら、「これで粂さまも、きょうあったことを――ずっと大きくなるまで――覚えていさっせるずらか。」
「なにしろ、六つじゃねえ。」
「覚えてはいさっせまいか。」
「そうばかりでもないよ。」とお喜佐は二人の話を引き取って言った。「この子もこれで、夢のようには覚えているだろうよ。わたしだって、五つの歳《とし》のことをかすかに覚えているもの。」
「ほんとに、きょうはあいにくな雨だこと。」とおまんは言った。「わたしもお迎えしたいは山々だが、お民がこんなじゃ、どうしようもない。わたしたち二人はお留守居しますよ。」
 佐吉はお粂を、お喜佐は宗太をまもりながら、御行列拝見の人々が集まる村はずれの石屋の坂あたりまで行った。なにしろ多勢の御通行で、佐吉らは吉左衛門や半蔵の働いている姿をどこにも見いだすことができなかった。それに、御通行筋は公私の領分の差別なく、旅館の前後里程三日路の旅人の通行を禁止するほどの警戒ぶりだ。
 九つ半時に、姫君を乗せたお輿《こし》は軍旅のごときいでたちの面々に前後を護《まも》られながら、雨中の街道を通った。いかめしい鉄砲、纏《まとい》、馬簾《ばれん》の陣立ては、ほとんど戦時に異ならなかった。供奉《ぐぶ》の御同勢はいずれも陣笠《じんがさ》、腰弁当で、供男一人ずつ連れながら、そのあとに随《したが》った。中山|大納言《だいなごん》、菊亭《きくてい》中納言、千種少将《ちぐさのしょうしょう》(有文)、岩倉少将(具視《ともみ》)、その他宰相の典侍《てんじ》、命婦能登《みょうぶのと》などが供奉の人々の中にあった。京都の町奉行|関出雲守《せきいずものかみ》がお輿《こし》の先を警護し、お迎えとして江戸から上京した若年寄《わかどしより》加納遠江守《かのうとおとうみのかみ》、それに老女らもお供をした。これらの御行列が動いて行った時は、馬籠の宿場も暗くなるほどで、その日の夜に入るまで駅路に人の動きの絶えることもなかった。


「いや、御苦労、御苦労。」
 御通行の翌日、吉左衛門は三留野《みどの》のお継ぎ所の方へ行く尾州の竹腰山城守を見送ったあとで、いろいろあと始末をするため会所のなかにある宿役人の詰め所にいた。吉左衛門はそこにいる人たちをねぎらうばかりでなく、自分で自分に言うように、
「御苦労、御苦労。」を繰り返した。
 連日の過労に加えて、その日も朝から雨だ。一同は疲れて、一人として行儀よくしているものもない。そこには金兵衛もいて、長い街道の世話を思い出したように、
「吉左衛門さんは御存じだが、わたしたちが覚えてから大きな御通行というものは、この街道に三度ありましたよ。一度は水戸《みと》の姫君さまのお輿入《こしい》れの時。一度は尾州の先の殿様が江戸でお亡《な》くなりになって、その御遺骸《ごいがい》がこの街道を通った時。今一度は例の黒船騒ぎで、交易を許すか許さないかの大評定《だいひょうじょう》で、尾州の殿様(徳川|慶勝《よしかつ》)の御出府の時。あの先の殿様の時は、木曾谷中から寄せた七百三十人の人足でも手が足りなくて、伊那の助郷《すけごう》が千人あまりも出ました。諸方から集めた馬の数が二百二十匹さ。」
「金兵衛さんはなかなか覚えがいい。」と畳の上に頬杖《ほおづえ》つきながら言うものがある。
「まあ、お聞きなさい。今の殿様が江戸へ御出府の時
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