っちまいましたよ。おまけに、医者ははやらず、手習い子供は来ずサ。まあ三年間の土産《みやげ》と言えば、古史伝の上木《じょうぼく》を手伝って来たくらいのものです。前島|正弼《まさすけ》、岩崎長世、北原稲雄、片桐《かたぎり》春一、伊那にある平田先生の門人仲間はみんなあの仕事を熱心にやっていますよ。あの出板《しゅっぱん》は大変な評判で、津和野藩《つわのはん》あたりからも手紙が来るなんて、伊那の衆はえらい意気込みさ。そう言えば、暮田正香《くれたまさか》が京都から逃げて来る時に、君の家にもお世話になったそうですね。」
「そうでした。着流しに雪駄《せった》ばきで、吾家《うち》へお見えになった時は、わたしもびっくりしました。」
「あの先生も思い切ったことをやったもんさ。足利《あしかが》将軍の木像の首を引き抜くなんて。あの事件には師岡正胤《もろおかまさたね》なぞも関係していますから、同志を救い出せと言うんで、伊那からもわざわざ運動に京都まで出かけたものもありましたっけ。暮田正香も今じゃ日陰の身でさ。でも、あの先生のことだから、京都の同志と呼応して伊那で一旗あげるなんて、なかなか黙ってはいられない人なんですね。とにかく、わたしが出かけて行った時分と、今とじゃ、伊那も大違い。あの谷も騒がしい。」
寛斎は尻《しり》を持ち上げたかと思うとまた落ちつけ、煙草入《たばこい》れを腰に差したかと思うとまた取り出した。そこへお民も茶を勧めに来て、夫の方を見て、
「あなた、店座敷の方へ先生を御案内したら。お母《っか》さんもお目にかかりたいと言っていますに。」
「いや、そうしちゃいられません。」と寛斎は言った。「半蔵さんもお出かけになるところだ。わたしはこんなにお邪魔するつもりじゃなかった。きょうお寄りしたのはほかでもありませんが、実は無尽《むじん》を思い立ちまして、上の伏見屋へも今寄って来ました。あの金兵衛さんにもお話しして来ました。半蔵さん、君にもぜひお骨折りを願いたい。」
「それはよろこんでいたしますよ。いずれ王滝から帰りました上で。」
「そうどころじゃない。あいにく香蔵も京都の方で、君にでもお骨折りを願うよりほかに相談相手がない。どうも男の年寄りというやつは具合の悪いもので、わたしも養子の厄介《やっかい》にはなりたくないと思うんです。これから中津川に落ちつくか、どうか、自分でも未定です。そうです
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