療の方法がない。他目《よそめ》にももどかしいほど回復もおそかった。
「お民、おれは王滝《おうたき》まで出かけて行って来るぜ。あとのことは、清助さんにもよく頼んで置いて行く。」
と半蔵は妻に言って、父の病を祷《いの》るために御嶽《おんたけ》神社への参籠《さんろう》を思い立った。王滝村とは御嶽山のすそにあたるところだ。木曾の総社の所在地だ。ちょうど街道も参覲交代制度変革のあとをうけ、江戸よりする諸大名が家族の通行も一段落を告げた。半蔵はそれを機会に、往復数日のわずかな閑《ひま》を見つけて、医薬の神として知られた御嶽の神の前に自分を持って行こうとした。同時に、香蔵の京都行きから深く刺激された心を抱いて、激しい動揺の渦中《かちゅう》へ飛び込んで行ったあの友だちとは反対に、しばらく寂しい奥山の方へ行こうとした。
王滝の方へ持って行って神前にささげるための長歌もできた。半蔵は三十一字の短い形の歌ばかりでなく、時おりは長歌をも作ったので、それを陳情|祈祷《きとう》の歌と題したものに試みたのである。
「いよいよ半蔵もお出かけかい。」
と言ってそばへ来るのは継母のおまんだ。おまんは裏の隠居所と母屋《もや》の間を往復して、吉左衛門の身のまわりのことから家事の世話まで、馬籠の本陣にはなくてならない人になっている。高遠《たかとお》藩の方に聞こえた坂本家から来た人だけに、相応な教養もあって、取って八つになる孫娘のお粂《くめ》に古今集《こきんしゅう》の中の歌なぞを諳誦《あんしょう》させているのも、このおまんだ。
「お母《っか》さん、留守をお願いしますよ。」と半蔵は言った。「わたしもそんなに長くかからないつもりです。三日も参籠《さんろう》すればすぐに引き返して来ます。」
「まあ、思い立った時に出かけて行って来るがいい。お父《とっ》さんも大層よろこんでおいでのようだよ。」
家にはこの継母があり、妻があり、吉左衛門の退役以来手伝いに通《かよ》って来る清助がある。半蔵は往復七日ばかりの留守を家のものに頼んで置いて、王滝の方へ向かおうとした。下男の佐吉は今度も供をしたいと言い出したが、半蔵は佐吉も家に残して置いて、弟子《でし》の勝重《かつしげ》だけを連れて行くことにした。勝重も少年期から青年期に移りかける年ごろになって来て、しきりに同行を求めるからで。
神前への供米《くまい》、『静《しず》
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