言う人の顔を見ると、おれはふき出したくなる。そういう人は勤王を売る人だよ。ごらんな――ほんとうに勤王に志してるものなら、かるがるしくそんなことの言えるはずもない。」
「わたしはちょっときいて見たんですよ――お母《っか》さんがそんなことを言っていましたからね。」
「だからさ、お前もそんなことを口にするんじゃないよ。」
 お民は周囲を見回した。そこは北向きで、広い床の間から白地に雲形を織り出した高麗縁《こうらいべり》の畳の上まで、茶室のような静かさ厳粛さがある。厚い壁を隔てて、街道の方の騒がしい物音もしない。部屋から見える坪庭には、山一つ隔てた妻籠《つまご》より温暖《あたたか》な冬が来ている。
「そう言えば、これは別の話ですけれど、こないだ兄さん(寿平次)が来た時に、わたしにそう言っていましたよ――平田先生の御門人は、幕府方から目をつけられているようだから、気をおつけッて。」
「へえ、寿平次さんはそんなことを言っていたかい。」
 将軍|上洛《じょうらく》の前触れと共に、京都の方へ先行してその準備をしようとする一橋慶喜《ひとつばしよしのぶ》の通行筋はやはりこの木曾街道で、旧暦十月八日に江戸|発駕《はつが》という日取りの通知まで来ているころだった。道橋の見分に、宿割《しゅくわり》に、その方の役人はすでに何回となく馬籠へも入り込んで来た。半蔵はこの山家に一橋公を迎える日のあるかと想《おも》って見て、上段の間を歩き回っていた。
「どれ、お大根でも干して。」
 お民は出て行った。山家では沢庵漬《たくあんづ》けの用意なぞにいそがしかった。いずれももう冬じたくだ。野菜を貯《たくわ》えたり、赤蕪《あかかぶ》を漬《つ》けたりすることは、半蔵の家でも年中行事の一つのようになっていた。その時、半蔵は妻を見送ったあとで、彼女のそこに残して置いて行った言葉を考えて見た。深い窓にのみこもり暮らしているような継母のおまんが、しかも「わたしはもうお婆《ばあ》さんだ」を口癖にしている五十四歳の婦人で、いつのまに彼の志を看破《みやぶ》ったろうとも考えて見た。その心持ちから、彼は一層あの賢い継母を畏《おそ》れた。
 数日の後、半蔵は江戸の道中奉行所《どうちゅうぶぎょうしょ》から来た通知を受け取って見て、一橋慶喜の上京がにわかに東海道経由となったことを知った。道普請まで命ぜられた木曾路の通行は何かの都合で模様
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