門の姿を見ると、いきなり自分の頬《ほお》かぶりしている手ぬぐいを取って、走り寄った。
「大旦那《おおだんな》、どちらへ、半蔵さまも御一緒かなし。お前さまがこんなに村を出歩かせるのも、御病気になってから初めてだらずに。」
「あい。おかげで、日に日にいい方へ向いて来たよ。」
「まあ、おれもどのくらい心配したか知れすかなし。御病気が御病気だから、井戸の水で頭を冷やすぐらいは知れたものだと思って、おれはお前さまのために恵那山《えなさん》までよく雪を取りに行って来たこともある。」
吉左衛門から見れば、これらの小前のものはみんな自分の子供だった。
そこまで行くと、上の伏見屋も近い。ちょうど金兵衛は山口村の祭礼狂言を見に二日泊まりで出かけて行って、その日の午後に帰って来たというところだった。
「おゝ、吉左衛門さんか。これはおめずらしい。」
と言って、金兵衛は後添《のちぞ》いのお玉と共によろこび迎えた。
金兵衛も吉左衛門と同じように、もはや退役の日の近いことを知っていた。新築した伏見屋は養子伊之助に譲り、火災後ずっと上の伏見屋の方に残っていて、晩年のしたくに余念もない。六十六歳の声を聞いてから、中新田《なかしんでん》へ杉苗《すぎなえ》四百本、青野へ杉苗百本の植え付けなぞを思い立つ人だ。
「お玉、お風呂《ふろ》を見てあげな。」
という金兵衛の声を聞いて、半蔵は薄暗い湯どのの方へ父を誘った。病後の吉左衛門にとって長湯は大の禁物だった。半蔵は自分でも丸はだかになって、手ばしこく父の背中を流した。その不自由な手を洗い、衰えた足をも洗った。
「お父《とっ》さん、湯ざめがするといけませんよ、またこないだのようなことがあると、大変ですよ。」
病後の父をいたわる半蔵の心づかいも一通りではなかった。
間もなく上の伏見屋の店座敷では、山家風な行燈《あんどん》を置いたところに主客のものが集まって、夜咄《よばなし》にくつろいだ。
「金兵衛さん、わたしも命拾いをしましたよ。」と吉左衛門は言った。「ひところは、これで明日《あした》もあるかと思いましてね、枕《まくら》についたことがよくありましたよ。」
「そう言えば、あの和宮《かずのみや》さまの御通行の時分から弱っていらしった。」と金兵衛も茶なぞを勧めながら答える。「吉左衛門さんはあんなに無理をなすって、あとでお弱りにならなければいいがって、お玉と
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