した。町々は夜ふけて出歩く人も少なく、あたりをいましめる太鼓の音のみが聞こえた。

       五

 ようやく、その年の閏《うるう》三月を迎えるころになって、※[#「□<万」、屋号を示す記号、191−2](角万《かくまん》)とした生糸の荷がぽつぽつ寛斎のもとに届くようになった。寛斎は順に来るやつを預かって、適当にその始末をしたが、木曾街道の宿場宿場を経て江戸回りで届いた荷を見るたびに、中津川商人が出向いて来る日の近いことを思った。毎日のように何かの出来事を待ち受けさせるかのような、こんな不安な周囲の空気の中で、よくそれでも生糸の荷が無事に着いたとも思った。
 万屋安兵衛《よろずややすべえ》が手代の嘉吉《かきち》を連れて、美濃《みの》の方を立って来たのは同じ月の下旬である。二人《ふたり》はやはり以前と同じ道筋を取って、江戸両国の十一屋泊まりで、旧暦四月にはいってから神奈川の牡丹屋《ぼたんや》に着いた。
 にわかに寛斎のまわりもにぎやかになった。旅の落《おと》し差《ざし》を床の間に預ける安兵衛もいる。部屋《へや》の片すみに脚絆《きゃはん》の紐《ひも》を解く嘉吉もいる。二人は寛斎の聞きたいと思う郷里の方の人たちの消息――彼の妻子の消息、彼の知人の消息、彼の旧《ふる》い弟子《でし》たちの消息ばかりでなく、何かこう一口には言ってしまえないが、あの東美濃の盆地の方の空気までもなんとなく一緒に寛斎のところへ持って来た。
 寛斎がたったりすわったりしているそばで、嘉吉は働き盛りの手代らしい調子で、
「宮川先生も、ずいぶんお待ちになったでしょう。なにしろ春蚕《はるご》の済まないうちは、どうすることもできませんでした。糸はでそろいませんし。」
 と言うと、安兵衛も寛斎をねぎらい顔に、
「いや、よく御辛抱《ごしんぼう》が続きましたよ。こんなに長くなるんでしたら、一度国の方へお帰りを願って、また出て来ていただいてもとは思いましたがね。」
 百里の道を往復して生糸商売でもしようという安兵衛には、さすがに思いやりがある。
「どうしても、だれか一人《ひとり》こっちにいないことには、浜の事情もよくわかりませんし、人任せでは安心もなりませんし――やっぱり先生に残っていていただいてよかったと思いました。」
 とも安兵衛は言い添えた。
 やがて灯《ひ》ともしごろであった。三人は久しぶりで一緒に食事を
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