ッて、いかにもイギリス人の言いそうなことじゃありませんか。」
「先生。」と十一屋は膝《ひざ》を乗り出した。「わたしはまたこういう話を聞いたことがあります。こっちの女が歯を染めたり、眉《まゆ》を落としたりしているのを見ると、西洋人は非常にいやな気がするそうですね。ほんとうでしょうか。まあ、わたしたちから見ると、優しい風俗だと思いますがなあ。」
「気味悪く思うのはお互いでしょう。事情を知らない連中と来たら、いろいろなことをこじつけて、やれ幕府の上役のものは西洋人と結託しているの、なんのッて、悪口ばかり。鎖攘《さじょう》、鎖攘(鎖港攘夷の略)――あの声はどうです。わたしに言わせると、幕府が鎖攘を知らないどころか、あんまり早く鎖攘し過ぎてしまった。蕃書《ばんしょ》は禁じて読ませない、洋学者は遠ざけて近づけない、その方針をよいとしたばかりじゃありません、国内の人材まで鎖攘してしまった。御覧なさい、前には高橋作左衛門を鎖攘する。土生玄磧《はぶげんせき》を鎖攘する。後には渡辺華山《わたなべかざん》、高野長英《たかのちょうえい》を鎖攘する。その結果はと言うと、日本国じゅうを実に頑固《がんこ》なものにしちまいました。外国のことを言うのも恥だなんて思わせるようにまで――」
「先生、肉が煮えました。」
 と十一屋は瑞見の話をさえぎった。
 女中が白紙を一枚ずつ客へ配りに来た。肉を突ッついた箸《はし》はその紙に置いてもらいたいとの意味だ。煮えた牛鍋《ぎゅうなべ》は庭から縁側の上へ移された。奥の部屋《へや》に、牡丹屋の家の人たちがいる方では、障子《しょうじ》をあけひろげるやら、こもった空気を追い出すやらの物音が聞こえる。十一屋はそれを聞きつけて、
「女中さん、そう言ってください。今にこちらのお婆さんでも、おかみさんでも、このにおいをかぐと飛んで来るようになりますよッて。」
 十一屋の言い草だ。
「どれ、わたしも一つ薬食《くすりぐ》いとやるか。」
 と寛斎は言って、うまそうに煮えた肉のにおいをかいだ。好きな酒を前に、しばらく彼も一切を忘れていた。盃の相手には、こんな頼もしい人物も幕府方にあるかと思われるような客がいる。おまけに、初めて味わう肉もある。

       四

 当時、全国に浪《なみ》打つような幕府非難の声からすれば、横浜や函館の港を開いたことは幕府の大失策である。東西人種の相違、
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