岸通りに新しい商館でも建てられるまで神奈川に仮住居《かりずまい》するという貿易商であった。初めて寛斎の目に映るその西洋人は、羅紗《らしゃ》の丸羽織を着、同じ羅紗の股引《ももひき》をはき、羽織の紐《ひも》のかわりに釦《ぼたん》を用いている。手まわりの小道具一切を衣裳《いしょう》のかくしにいれているのも、異国の風俗だ。たとえば手ぬぐいは羽織のかくしに入れ、金入れは股引《ももひき》のかくしに入れ、時計は胴着のかくしに入れて鎖を釦《ぼたん》の穴に掛けるというふうに。履物《はきもの》も変わっている。獣の皮で造った靴《くつ》が日本で言って見るなら雪駄《せった》の代わりだ。
 安兵衛らの持って行って見せた生糸の見本は、ひどくケウスキイを驚かした。これほど立派な品ならどれほどでも買おうと言うらしいが、先方の言うことは燕《つばめ》のように早口で、こまかいことまでは通弁にもよくわからない。ケウスキイはまた、安兵衛らの結い立ての髷《まげ》や、すっかり頭を円《まる》めている寛斎の医者らしい風俗をめずらしそうにながめながら、煙草《たばこ》なぞをそこへ取り出して、客にも勧めれば自分でもうまそうに服《の》んで見せた。寛斎が近く行って見たその西洋人は、髪の毛色こそ違い、眸《ひとみ》の色こそ違っているが、黒船の連想と共に起こって来るような恐ろしいものでもない。幽霊でもなく、化け物でもない。やはり血の気の通《かよ》っている同じ人間の仲間だ。
「糸目百匁あれば、一両で引き取ろうと言っています。」
 この売り込み商の言葉に、安兵衛らは力を得た。百匁一両は前代未聞の相場であった。
 早い貿易の様子もわかり、糸の値段もわかった。この上は一日も早く神奈川を引き揚げ、来る年の春までにはできるだけ多くの糸の仕入れもして来よう。このことに安兵衛と李助《りすけ》は一致した。二人《ふたり》が見本のつもりで持って来て、牡丹屋《ぼたんや》の亭主《ていしゅ》に預かってもらった糸まで約束ができて、その荷だけでも一個につき百三十両に売れた。
「宮川先生、あなただけは神奈川に残っていてもらいますぜ。」
 と安兵衛は言ったが、それはもとより寛斎も承知の上であった。
「先生も一人《ひとり》で、鼠《ねずみ》にでも引かれないようにしてください。」
 手代の嘉吉《かきち》は嘉吉らしいことを言って、置いて行くあとの事を堅く寛斎に託した。中津川と
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