晩は半蔵は寿平次と枕《まくら》を並べて寝たが、父から許された旅のことなぞが胸に満ちて、よく眠られなかった。
偶然にも、半蔵が江戸から横須賀の海の方まで出て行って見る思いがけない機会はこんなふうにして恵まれた。翌日、まだ朝のうちに、お民は万福寺の墓地の方へ寿平次と半蔵を誘った。寿平次は久しぶりで墓参りをして行きたいと言い出したからで。お民が夫と共に看病に心を砕いたあの祖母《おばあ》さんももはやそこに長く眠っているからで。
半蔵と寿平次とは一歩《ひとあし》先に出た。二人は本陣の裏木戸から、隣家の伏見屋の酒蔵《さかぐら》について、暗いほど茂った苦竹《まだけ》と淡竹《はちく》の藪《やぶ》の横へ出た。寺の方へ通う静かな裏道がそこにある。途中で二人はお民を待ち合わせたが、煙の立つ線香や菊の花なぞを家から用意して来たお民と、お粂《くめ》を背中にのせた下女とが細い流れを渡って、田圃《たんぼ》の間の寺道を踏んで来るのが見えた。
小山の上に立つ万福寺は村の裏側から浅い谷一つ隔てたところにある。墓地はその小川に添うて山門を見上げるような傾斜の位置にある。そこまで行くと、墓地の境内もよく整理されていて、以前の住職の時代とは大違いになった。村の子供を集めてちいさく寺小屋をはじめている松雲和尚のもとへは、本陣へ通学することを遠慮するような髪結いの娘や、大工の忰《せがれ》なぞが手習い草紙を抱いて、毎日|通《かよ》って来ているはずだ。隠れたところに働く和尚の心は墓地の掃除《そうじ》にまでよく行き届いていた。半蔵はその辺に立てかけてある竹箒《たけぼうき》を執って、古い墓石の並んだ前を掃こうとしたが、わずかに落ち散っている赤ちゃけた杉の古葉を取り捨てるぐらいで用は足りた。和尚の心づかいと見えて、その辺の草までよくむしらせてあった。すべて清い。
やがて寿平次もお民も亡《な》くなった隠居の墓の前に集まった。
「兄さん、おばあさんの名は生きてる時分からおじいさんと並べて刻んであったんですよ。ただそれが赤くしてあったんですよ。」
とお民は言って、下女の背中にいるお粂の方をも顧みて、
「御覧、ののさんだよ。」
と言って見せた。
古く苔蒸《こけむ》した先祖の墓石は中央の位置に高く立っていた。何百年の雨にうたれ風にもまれて来たその石の面《おもて》には、万福寺殿昌屋常久禅定門の文字が読まれる。青山道
前へ
次へ
全237ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング