《か》に木瓜《もっこう》がそれである。客は主人を呼びよせて物を尋ねようとする。そこへ寿平次が挨拶に出る。客は定紋の暗合に奇異な思いがすると言って、まだこのほかに替え紋はないかと尋ねる。丸《まる》に三《みっ》つ引《びき》がそれだと答える。客はいよいよ不思議がって、ここの本陣の先祖に相州《そうしゅう》の三浦《みうら》から来たものはないかと尋ねる。答えは、そのとおり。その先祖は青山|監物《けんもつ》とは言わなかったか、とまた客が尋ねる。まさにそのとおり。その時、客は思わず膝《ひざ》を打って、さてさて世には不思議なこともあればあるものだという。そういう自分は相州三浦に住む山上七郎左衛門《やまがみしちろうざえもん》というものである。かねて自分の先祖のうちには、分家して青山監物と名のった人があると聞いている。その人が三浦から分かれて、木曾の方へ移り住んだと聞いている。して見ると、われわれは親類である。その客の言葉は、寿平次にとっても深い驚きであった。とうとう、一夜の旅人と親類の盃《さかずき》までかわして、系図の交換と再会の日とを約束して別れた。この奇遇のもとは、妻籠と馬籠の両青山家に共通な※[#「穴かんむり/果」、第3水準1−89−51]《か》に木瓜《もっこう》と、丸に三つ引《びき》の二つの定紋からであった。それから系図を交換して見ると、二つに割った竹を合わせたようで、妻籠の本陣なぞに伝わらなかった祖先が青山監物以前にまだまだ遠く続いていることがわかったという。
「これにはわたしも驚かされましたねえ。自分らの先祖が相州の三浦から来たことは聞いていましたがね、そんな古い家がまだ立派に続いているとは思いませんでしたねえ。」と寿平次が言い添えて見せた。
「ハーン。」吉左衛門は大きな声を出してうなった。
「寿平次さん、吾家《うち》のこともそのお客に話してくれましたか。」と半蔵が言った。
「話したとも。青山監物に二人の子があって、兄が妻籠の代官をつとめたし、弟は馬籠の代官をつとめたと話して置いたさ。」
 何百年と続いて来た青山の家には、もっと遠い先祖があり、もっと古い歴史があった。しかも、それがまだまだ立派に生きていた。おまん、お民、お喜佐、そこに集まっている女たちも皆何がなしに不思議な思いに打たれて、寿平次の顔を見まもっていた。
「その山上さんとやらは、どんな人柄のお客さんでしたかい。
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