なつか》しがる布施の容貌《おもて》に顕《あらわ》れた真実――いずれも原の身にとっては追懐《おもいで》の種であった。相川や、乙骨や、高瀬や、それから永田なぞと、よく往ったり来たりした時代は、最早遠く過去《うしろ》になったような気がする。間も無く四人はこの茶店を出た。細い幹の松が植えてある芝生の間の小径《こみち》のところで、相川、原の二人は書生連に別れて、池に添うて右の方へ曲った。原が振返った時は、もう青木も布施も見えなかった。
原は嘆息して、
「今の若い連中は仲々面白いことを考えてるようだね」
「そりゃあ、君、進んでいるさ」と相川は歩きながら新しい巻煙草に火を点《つ》けた。「吾儕《われわれ》の若い時とは違うさ」
「そうだろうなあ」
「それに、あの二人なぞは立派に働ける人達だよ――どうして、君、よく物が解ってらあね」
こういう言葉を交換《とりかわ》して歩いて行くうちに、二人は池に臨んだ石垣の上へ出て来た。樹蔭に置並べた共同腰掛には午睡《ひるね》の夢を貪《むさぼ》っている人々がある。蒼ざめて死んだような顔付の女も居る。貧しい職人|体《てい》の男も居る。中には茫然《ぼんやり》と眺め入って、どうしてその日の夕飯《ゆうめし》にありつこうと案じ煩《わずら》うような落魄《らくはく》した人間も居る。樹と樹との間には、花園の眺めが面白く展けて、流行を追う人々の洋傘《こうもり》なぞが動揺する日の光の中に輝く光影《さま》も見える。
二人は鬱蒼《こんもり》とした欅《けやき》の下を択《えら》んだ。そこには人も居なかった。
「今日は疲れた」
と相川はがっかりしたように腰を掛ける。原は立って眺め入りながら、
「相川君、何故《なぜ》、こう世の中が急に変って来たものだろう。この二三年、特に激しい変化が起ったのかねえ、それとも、十年前だって同じように変っていたのが、唯|吾儕《われわれ》に解らなかったのかねえ」
「そうさなあ」と相川は胸を突出して、「この二三年の変化は特に急激なんだろう。こういう世の中に成って来たんだ」
「戦争の影響かしら」
「無論それもある。それから、君、電車が出来て交通は激しくなる――市区改正の為にどしどし町は変る――東京は今、革命の最中だ」
「海老茶《えびちゃ》も勢力に成ったね」と原は思出したように。
「うん海老茶か」と相川は考深い眼付をして言った。
「女も変った」と原は力を
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