分配
島崎藤村

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)亡《な》くなった母《かあ》さんを

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)末子|一人《ひとり》だけが

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#天から3字下げ]太郎へ
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 四人もある私の子供の中で、亡《な》くなった母《かあ》さんを覚えているものは一人《ひとり》もない。ただいちばん上の子供だけが、わずかに母さんを覚えている。それもほんの子供心に。ようやくあの太郎が六歳ぐらいの時分の幼い記憶で。
 母さんを記念するものも、だんだんすくなくなって、今は形見《かたみ》の着物一枚残っていない。古い鏡台古い箪笥《たんす》、そういう道具の類ばかりはそれでも長くあって、毎朝私の家の末子《すえこ》が髪をとかしに行くのもその鏡の前であるが、長い年月と共に、いろいろな思い出すらも薄らいで来た。
 あの母さんの時代も、そんなに遠い過去になった。それもそのはずである。太郎や次郎はもとより、三郎までもめきめきとおとなびて来て、縞《しま》の荒い飛白《かすり》の筒袖《つつそで》なぞは着せて置かれな
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