可羞《はづか》しがるお志保の手から無理やりに酒瓶《てうし》を受取つて、かはりに盃を勧め乍ら、『さあ、僕が御酌しませう。』
『いえ、私は頂けません。』とお志保は盃を押隠すやうにする。
『そりや不可《いけない》。』と大日向は笑ひ乍ら言葉を添へた。『斯《か》ういふ時には召上るものです。真似でもなんでも好う御座んすから、一つ御受けなすつて下さい。』
『ほんのしるしでサ。』と弁護士も横から。
『何卒《どうぞ》、それでは、少許《ぽつちり》頂かせて下さい。』
 と言つて、お志保は飲む真似をして、紅《あか》くなつた。

       (三)

 次第に高等四年の生徒が集つて来た。其日の出発を聞伝へて、せめて見送りしたいといふ可憐な心根から、いづれも丑松を慕つてやつて来たのである。丑松は頬の紅い少年と少年との間をあちこちと歩いて、別離《わかれ》の言葉を交換《とりかは》したり、ある時は一つところに佇立《たちとゞま》つて、是《これ》から将来《さき》のことを話して聞せたり、ある時は又た霙《みぞれ》の降るなかを出て、枯々《かれ/″\》な岸の柳の下に立つて、船橋を渡つて来る生徒の一群《ひとむれ》を待ち眺《なが》めたりした。
 蓮華寺で撞く鐘の音が起つた。第二の鐘はまた冬の日の寂寞《せきばく》を破つて、千曲川の水に響き渡つた。軈て其音が波うつやうに、次第に拡つて、遠くなつて、終《しまひ》に霙の空に消えて行く頃、更に第三の音が震動《ふる》へるやうに起る――第四――第五。あゝ庄馬鹿は今あの鐘楼に上つて撞き鳴らすのであらう。それは丑松の為に長い別離《わかれ》を告げるやうにも、白々と明初《あけそ》めた一生のあけぼのを報せるやうにも聞える。深い、森厳《おごそか》な音響に胸を打たれて、思はず丑松は首を垂れた。
 第六――第七。
 詞《ことば》の無い声は聞くものゝ胸から胸へ伝《つたは》つた。送る人も、送られる人も、暫時《しばらく》無言の思を取交したのである。
 やがて橇《そり》の用意も出来たといふ。丑松は根津村に居る叔父夫婦のことを銀之助に話して、嘸《さぞ》あの二人も心配して居るであらう、もし自分の噂《うはさ》が姫子沢へ伝つたら、其為に叔父夫婦は奈何《どん》な迷惑を蒙《かうむ》るかも知れない、ひよつとしたら彼村《あのむら》には居られなくなる――奈何《どう》したものだらう。斯う言出した。『其時はまた其時さ。』と
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