うと、今はその戒を破り棄てる気で居る。
『阿爺《おとつ》さん、堪忍《かんにん》して下さい。』
と詑入るやうに繰返した。
冬の朝日が射して来た。丑松は机を離れて窓の方へ行つた。障子《しやうじ》を開けて眺めると、例の銀杏《いてふ》の枯々《かれ/″\》な梢《こずゑ》を経《へだ》てゝ、雪に包まれた町々の光景《ありさま》が見渡される。板葺《いたぶき》の屋根、軒廂《のきびさし》、すべて目に入るかぎりのものは白く埋れて了つて、家と家との間からは青々とした朝餐《あさげ》の煙が静かに立登つた。小学校の建築物《たてもの》も、今、日をうけた。名残惜《なごりを》しいやうな気に成つて、冷《つめた》く心地《こゝろもち》の好い朝の空気を呼吸し乍ら、やゝしばらく眺め入つて居たが、不図胸に浮んだは蓮太郎の『懴悔録』、開巻第一章、『我は穢多なり』と書起してあつたのを今更のやうに新しく感じて、丁度この町の人々に告白するやうに、其文句を窓のところで繰返した。
『我は穢多なり。』
ともう一度繰返して、それから丑松は学校へ行く準備《したく》にとりかゝつた。
(二)
破戒――何といふ悲しい、壮《いさま》しい思想《かんがへ》だらう。斯《か》う思ひ乍ら、丑松は蓮華寺の山門を出た。とある町の角のところまで歩いて行くと、向ふの方から巡査に引かれて来る四五人の男に出逢《であ》つた。いづれも腰繩を附けられ、蒼《あを》ざめた顔付して、人目を憚《はゞか》り乍ら悄々《しを/\》と通る。中に一人、黒の紋付羽織、白足袋|穿《ばき》、顔こそ隠して見せないが、当世風の紳士姿は直に高柳利三郎と知れた。克《よ》く見ると、一緒に引かれて行く怪しげな風体の人々は、高柳の為に使役《つか》はれた壮士らしい。流石に心は後へ残るといふ風で、時々立留つては振返つて見る度に、巡査から注意をうけるやうな手合もあつた。『あゝ、捕つて行くナ。』と丑松の傍に立つて眺めた一人が言つた。『自業自得さ。』とまた他の一人が言つた。見る/\高柳の一行は巡査の言ふなりに町の角を折れて、軈《やが》て雪山の影に隠れて了つた。
男女の少年は今、小学校を指して急ぐのであつた。近在から通ふ児童《こども》なぞは、絨《フランネル》の布片《きれ》で頭を包んだり、肩掛を冠つたりして、声を揚げ乍ら雪の中を飛んで行く。町の児童《こども》は又、思ひ/\に誘ひ合せて、後にな
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