か自分を捕《つかま》へに来た。斯う考へると、何時の間にか自分の背後《うしろ》へ忍び寄つて、突然《だしぬけ》に襲ひかゝりでも為るやうな気がした。とある町の角のところ、ぱつたり其足音が聞えなくなつた時は、始めて丑松も我に帰つて、ホツと安心の溜息を吐《つ》くのであつた。
 前の方からも、亦《また》。あゝ月明りのおぼつかなさ。其光には何程《どれほど》の物の象《かたち》が見えると言つたら好からう。其陰には何程の色が潜んで居ると言つたら好からう。煙るやうな夜の空気を浴び乍ら、次第に是方《こちら》へやつて来る人影を認めた時は、丑松はもう身を縮《すく》めて、危険の近《ちかづ》いたことを思はずには居られなかつたのである。一寸是方を透して視て、軈て影は通過ぎた。
 それは割合に気候の緩《ゆる》んだ晩で、打てば響くかと疑はれるやうな寒夜の趣とは全く別の心地がする。天は遠く濁つて、低いところに集る雲の群ばかり稍《やゝ》仄白《ほのじろ》く、星は隠れて見えない中にも唯一つ姿を顕《あらは》したのがあつた。往来に添ふ家々はもう戸を閉めた。ところ/″\灯は窓から泄《も》れて居た。何の音とも判らない夜の響にすら胸を踊らせ乍ら、丑松は※[#「門<貝」、第4水準2−91−57]《しん》とした町を通つたのである。

       (二)

 丁度演説会が終つたところだ。聴衆の群は雪を踏んでぞろ/\帰つて来る。思ひ/\のことを言ふ人々に近いて、其となく会の模様を聞いて見ると、いづれも激昂したり、憤慨したりして、一人として高柳を罵《のゝし》らないものは無い。あるものは斯の飯山から彼様《あん》な人物を放逐して了《しま》へと言ふし、あるものは市村弁護士に投票しろと呼ぶし、あるものは又、世にある多くの政事家に対して激烈な絶望を泄《もら》し乍ら歩くのであつた。
 月明りに立留つて話す人々も有る。其|一群《ひとむれ》に言はせると、蓮太郎の演説はあまり上手の側では無いが、然し妙に人を※[#「女+無」、第4水準2−5−80]《ひきつけ》る力が有つて、言ふことは一々聴衆の肺腑を貫いた。高柳派の壮士、六七人、頻《しきり》に妨害を試みようとしたが、終《しまひ》には其も静《しづま》つて、水を打つたやうに成つた。悲壮な熱情と深刻な思想とは蓮太郎の演説を通しての著しい特色であつた。時とすると其が病的にも聞えた。最後に蓮太郎は、不真面目な
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