て、『時に、勝野君、生憎《あいにく》今日は生徒が集まらなくて困つた。斯《こ》の様子では土屋君の送別会も出来さうも無い。折角|準備《したく》したのにツて、出て来た生徒は張合の無いやうな顔してる。』
『なにしろ是雪《このゆき》だからねえ。』と文平は微笑んで、『仕方が無い、延ばすサ。』
斯《か》ういふ話をして居るところへ、小使がやつて来た。銀之助は丑松の方にばかり気を取られて、小使の言ふことも耳へ入らない。それと見た体操の教師は軽く銀之助の肩を叩いて、
『土屋君、土屋君――校長先生が君を呼んでるよ。』
『僕を?』銀之助は始めて気が付いたのである。
(三)
校長は郡視学と二人で応接室に居た。銀之助が戸を開けて入つた時は、二人差向ひに椅子に腰懸けて、何か密議を凝《こら》して居るところであつた。
『おゝ、土屋君か。』と校長は身を起して、そこに在る椅子を銀之助の方へ押薦《おしすゝ》めた。『他《ほか》の事で君を呼んだのでは無いが、実は近頃世間に妙な風評が立つて――定めし其はもう君も御承知のことだらうけれど――彼様《あゝ》して町の人が左《と》や右《かく》言ふものを、黙つて見ても居られないし、第一|斯《か》ういふことが余り世間へ伝播《ひろが》ると、終《しまひ》には奈何《どん》な結果を来すかも知れない。其に就いて、茲《こゝ》に居られる郡視学さんも非常に御心配なすつて、態々《わざ/\》斯《こ》の雪に尋ねて来て下すつたんです。兎《と》に角《かく》、君は瀬川君と師範校時代から御一緒ではあり、日頃親しく往来《ゆきゝ》もして居られるやうだから、君に聞いたら是事《このこと》は一番好く解るだらう、斯う思ひましてね。』
『いえ、私だつて其様《そん》なことは解りません。』と銀之助は笑ひ乍ら答へた。『何とでも言はせて置いたら好いでせう。其様な世間で言ふやうなことを、一々気にして居たら際限《きり》が有ますまい。』
『しかし、左様いふものでは無いよ。』と校長は一寸郡視学の方を向いて見て、軈《やが》て銀之助の顔を眺め乍ら、『君等は未だ若いから、其程世間といふものに重きを置かないんだ。幼稚なやうに見えて、馬鹿にならないのは、世間さ。』
『そんなら町の人が噂《うはさ》するからと言つて、根も葉も無いやうなことを取上げるんですか。』
『それ、それだから、君等は困る。無論我輩だつて其様なことを信じない
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