には種々《いろ/\》議論も有つたがね、要するに瀬川君の態度が頗《すこぶ》る怪しい、といふのがそも/\始りさ。吾儕《われ/\》の中に新平民が居るなんて言触らされて見給へ。誰だつて憤慨するのは至当《あたりまへ》ぢやないか。君始め左様だらう。一体、世間で其様なことを言触らすといふのが既にもう吾儕職員を侮辱してるんだ。だからさ、若し瀬川君に疚《やま》しいところが無いものなら、吾儕と一緒に成つて怒りさうなものぢやないか。まあ、何とか言ふべきだ。それも言はないで、彼様《あゝ》して黙つて居るところを見ると、奈何《どう》しても隠して居るとしか思はれない。斯う言出したものが有る。すると、また一人が言ふには――』と言ひかけて、軈《やが》て思付いたやうに、『しかし、まあ、止さう。』
『何だ、言ひかけて止すやつが有るもんか。』と背の高い尋常一年の教師が横鎗《よこやり》を入れる。
『やるべし、やるべし。』と冷笑の語気を帯びて言つたのは、文平であつた。文平は準教員の背後《うしろ》に立つて、巻煙草を燻《ふか》し乍ら聞いて居たのである。
『しかし、戯語《じようだん》ぢや無いよ。』と言ふ銀之助の眼は輝いて来た。『僕なぞは師範校時代から交際《つきあ》つて、能く人物を知つて居る。彼《あ》の瀬川君が新平民だなんて、其様《そん》なことが有つて堪るものか。一体誰が言出したんだか知らないが、若《も》し世間に其様な風評が立つやうなら、飽迄《あくまで》も僕は弁護して遣らなけりやならん。だつて、君、考へて見給へ。こりや真面目《まじめ》な問題だよ――茶を飲むやうな尋常《あたりまへ》な事とは些少《すこし》訳が違ふよ。』
『無論さ。』と準教員は答へた。『だから吾儕《われ/\》も頭を痛めて居るのさ。まあ、聞き給へ。ある人は又た斯ういふことを言出した。瀬川君に穢多の話を持掛けると、必ず話頭《はなし》を他《わき》へ転《そら》して了ふ。いや、転して了ふばかりぢや無い、直に顔色を変へるから不思議だ――其顔色と言つたら、迷惑なやうな、周章《あわ》てたやうな、まあ何ともかとも言ひやうが無い。それそこが可笑《をか》しいぢやないか。吾儕と一緒に成つて、「むゝ、調里坊《てうりツぱう》かあ」とかなんとか言ふやうだと、誰も何とも思やしないんだけれど。』
『そんなら、君、あの瀬川丑松といふ男に何処《どこ》か穢多らしい特色が有るかい。先づ、其からして
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