らない人では無し、お前と私の心地《こゝろもち》が屈いたら、必定《きつと》思ひ直して下さるだらう、阿爺さんが正気に復《かへ》るも復らないも二人の誠意《まごゝろ》一つにあるのだからね」斯《か》う言つて、二人でさん/″\哭《な》きました。なんの、私が和尚さんを悪く思ふもんですか。何卒《どうか》して和尚さんの眼が覚めるやうに――そればつかりで、私は斯様《こん》な離縁なぞを思ひ立つたんですもの。』
(八)
誠意《まごゝろ》籠る奥様の述懐を聞取つて、丑松は望みの通りに手紙の文句を認《したゝ》めてやつた。幾度か奥様は口の中で仏の名を唱《とな》へ乍《なが》ら、これから将来《さき》のことを思ひ煩《わづら》ふといふ様子に見えるのであつた。
『おやすみ。』
といふ言葉を残して置いて奥様が出て行つた後、丑松は机の側に倒れて考へて居たが、何時の間にかぐつすり寝込んで了つた。寝ても、寝ても、寝足りないといふ風で、斯うして横になれば直に死んだ人のやうに成るのが此頃の丑松の癖である。のみならず、深いところへ陥落《おちい》るやうな睡眠《ねむり》で、目が覚めた後は毎時《いつも》頭が重かつた。其晩も矢張同じやうに、同じやうな仮寝《うたゝね》から覚めて、暫時《しばらく》茫然《ぼんやり》として居たが、軈《やが》て我に帰つた頃は、もう遅かつた。雪は屋外《そと》に降り積ると見え、時々窓の戸にあたつて、はた/\と物の崩れ落ちる音より外には、寂《しん》として声一つしない、それは沈静《ひつそり》とした、気の遠くなるやうな夜――無論人の起きて居る時刻では無かつた。階下《した》では皆な寝たらしい。不図《ふと》、何か斯う忍《しの》び音《ね》に泣くやうな若い人の声が細々と耳に入る。どうも何処から聞えるのか、其は能《よ》く解らなかつたが、まあ楼梯《はしごだん》の下あたり、暗い廊下の辺ででもあるか、誰かしら声を呑《の》む様子。尚《なほ》能く聞くと、北の廊下の雨戸でも明けて、屋外《そと》を眺《なが》めて居るものらしい。あゝ――お志保だ――お志保の嗚咽《すゝりなき》だ――斯う思ひ附くと同時に、言ふに言はれぬ恐怖《おそれ》と哀憐《あはれみ》とが身を襲《おそ》ふやうに感ぜられる。尤も、丑松は半分夢中で聞いて居たので、つと立上つて部屋の内を歩き初めた時は、もう其声が聞えなかつた。不思議に思ひ乍ら、浮足になつて耳を澄ま
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