用をそつちのけにして、種々《いろ/\》並べたり訴へたりし始めた。淡泊《さつぱり》したやうでもそこは女の持前で、聞いて貰はずには居られなかつたのである。
『尤も、』と奥様は言葉を続けた。『其時は、和尚さんを独りで遣《や》つては不可《いけない》といふので――まあ学校の方から月給は取れるし、留守中のことは寺内の坊さんが引受けて居て呉れるし、それに先住の匹偶《つれあひ》も東京を見たいと言ふもんですから、私も一緒に随いて行つて、三人して高輪《たかなわ》のお寺を仕切つて借りました。其処から学校へは何程《いくら》も無いんです。克《よ》く和尚さんは二本榎《にほんえのき》の道路《みち》を通ひました。丁度その二本榎に、若い未亡人《ごけさん》の家《うち》があつて、斯人《このひと》は真宗に熱心な、教育のある女でしたから、和尚さんも法話《はなし》を頼まれて行き/\しましたよ。忘れもしません、其女といふは背のすらりとした、白い優しい手をした人で、御墓参りに行くところを私も見掛けたことが有ます。ある時、其|未亡人《ごけさん》の噂《うはさ》が出ると、和尚さんは鼻の先で笑つて、「むゝ、彼女《あのをんな》か――彼様《あん》なひねくれた女は仕方が無い」と酷《ひど》く譏《けな》すぢや有ませんか。奈何《どう》でせう、瀬川さん、其時は最早和尚さんが関係して居たんです。何時の間にか女は和尚さんの種を宿しました。さあ、和尚さんも蒼《あを》く成つて了つて、「実は済《す》まないことをした」と私の前に手を突いて、謝罪《あやま》つたのです。根が正直な、好い性質の人ですから、悪かつたと思ふと直に後悔する。まあ、傍《はた》で見て居ても気の毒な位。「頼む」と言はれて見ると、私も放擲《うつちや》つては置かれませんから、手紙で寺内の坊さんを呼寄せました。其時、私の思ふには、「あゝ是《これ》は私に子が無いからだ。若し子供でも有つたら一層《もつと》和尚さんも真面目な気分に御成《おなん》なさるだらう。寧《いつ》そ其女の児を引取つて自分の子にして育てようかしら。」と斯う考へたり、ある時は又、「みす/\私が傍に附いて居乍ら、其様《そん》な女に子供迄出来たと言はれては、第一私が世間へ恥かしい。いかに言つても情ないことだ。今度こそは別れよう。」と考へたりしたんです。そこがそれ、女といふものは気の弱いもので、優しい言葉の一つも掛けられると、今迄の
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