つた。彼様《あんな》に早く進行《はかど》らうとは思はなかつた。』
『ふゝ、』と銀之助は思出し笑ひをして、『まあ、御蔭でうまくいつた。』
『実際うまくいつたよ。』と友達の成功を悦《よろこ》ぶ傍から、丑松は何か思ひついたやうに萎《しを》れて、『県庁の方からは最早《もう》辞令が下つたかね。』
『いゝや、辞令は未だ。尤《もつと》も義務年限といふやつが有るんだから、ただ廃《や》めて行く訳にはいかない。そこは県庁でも余程|斟酌《しんしやく》して呉れてね、百円足らずの金を納めろと言ふのさ。』
『百円足らず?』
『よしんば在学中の費用を皆な出せと言はれたつて仕方が無い。其位のことで勘免《かんべん》して呉れたのは、実に難有い。早速|阿爺《おやぢ》の方へ請求《ねだ》つてやつたら、阿爺も君、非常に喜んでね、自身で長野迄出掛けて来るさうだ。いづれ、其内には沙汰があるだらうと思ふよ。まあ、君と斯《か》うして飯山に居るのも、今月一ぱい位のものだ。』
 斯う言つて銀之助は今更のやうに丑松の顔を眺めた。丑松は深い溜息を吐《つ》いて居た。
『別の話だが、』と銀之助は言葉を継《つ》いで、『君の好な猪子先生――ホラ、あの先生が信州へ来てるさうだねえ。昨日僕は新聞で読んだ。』
『新聞で?』丑松の頬は燃え輝いたのである。
『あゝ、信毎に出て居た。肺病だといふけれど、熾盛《さかん》な元気の人だねえ。』
 と蓮太郎の噂《うはさ》が出たので、急に高柳は鋭い眸《ひとみ》を銀之助の方へ注いだ。丑松は無言であつた。
『穢多もなか/\馬鹿にならんよ。』と銀之助は頓着なく、『まあ、思想《かんがへ》から言へば、多少病的かも知れないが、しかし進んで戦ふ彼《あ》の勇気には感服する。一体、肺病患者といふものは彼様《あゝ》いふものか知らん。彼の先生の演説を聞くと、非常に打たれるさうだ。』と言つて気を変へて、『まあ、瀬川君なぞは聞かない方が可《いゝ》よ――聞けば復《ま》た病気が発《おこ》るに極《きま》つてるから。』
『馬鹿言ひたまへ。』
『あはゝゝゝゝ。』
 と銀之助は反返《そりかへ》つて笑つた。
 遽然《にはかに》丑松は黙つて了つた。丁度、喪心した人のやうに成つた。丁度、身体中の機関《だうぐ》が一時に動作《はたらき》を止めて、斯うして生きて居ることすら忘れたかのやうであつた。
『奈何したんだらう、また瀬川君は――相変らず身体の具合で
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