帰省中のいろ/\を語り聞かせて居るうちに、次第に丑松は一種不思議な感想《かんじ》を起すやうに成つた。それは、丑松の積りでは、対手が自分の話を克《よ》く聞いて居て呉れるのだらうと思つて、熱心になつて話して居ると、どうかすると奥様の方では妙な返事をして、飛んでも無いところで『え?』なんて聞き直して、何か斯う話を聞き乍ら別の事でも考へて居るかのやうに――まあ、半分は夢中で応対《うけこたへ》をして居るのだと感づいた。終《しまひ》には、対手が何にも自分の話を聞いて居ないのだといふことを発見《みいだ》した。しばらく丑松は茫然《ぼんやり》として、穴の開くほど奥様の顔を熟視《みまも》つたのである。
 克く見れば、奥様は両方の※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶち》を泣腫《なきは》らして居る。唯さへ気の短い人が余計に感じ易く激し易く成つて居る。言ふに言はれぬ心配なことでも起つたかして、時々深い憂愁《うれひ》の色が其顔に表はれたり隠れたりした。一体、是《これ》は奈何《どう》したのであらう。聞いて見れば留守中、別に是ぞと変つた事も無かつた様子。銀之助は親切に尋ねて呉れたといふし、文平は克《よ》く遊びに来て話して行くといふ。それから斯の寺の方から言へば、住職が帰つたといふことより外に、何も新しい出来事は無かつたらしい。それにしても斯の内部《なか》の様子の何処となく平素《ふだん》と違ふやうに思はれることは。
 軈《やが》て袈裟治は二階へ上つて行つて、部屋の洋燈《ランプ》を点《つ》けて来て呉れた。お志保はまだ帰らなかつた。
『奈何《どう》したんだらう、まあ彼の奥様の様子は。』
 斯う胸の中で繰返し乍ら、丑松は暗い楼梯《はしごだん》を上つた。
 其晩は遅く寝た。過度の疲労に刺激されて、反《かへ》つて能《よ》く寝就かれなかつた。例の癖で、頭を枕につけると、またお志保のことを思出した。尤も何程《いくら》心に描いて見ても、明瞭《あきらか》に其人が浮んだためしは無い。どうかすると、お妻と混同《ごつちや》になつて出て来ることも有る。幾度か丑松は無駄骨折をして、お志保の俤を捜さうとした。瞳を、頬を、髪のかたちを――あゝ、何処を奈何《どう》捜して見ても、何となく其処に其人が居るとは思はれ乍ら、それで奈何しても統一《まとまり》が着かない。時としては彼《あ》のつつましさうに物言ふ声を、時としては彼の口
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