々は最早あの※[#「木+危」、第4水準2−14−64]染《くちなしぞめ》の真綿帽子を冠り出した。荷をつけて通る馬の鼻息の白いのを見ても、いかに斯《この》山上の気候の変化が激烈であるかを感ぜさせる。丑松は冷い空気を呼吸し乍ら、岩石の多い坂路を下りて行つた。荒谷《あらや》の村はづれ迄行けば、指の頭《さき》も赤く腫《は》れ脹《ふく》らんで、寒さの為に感覚を失つた位。
田中から直江津行の汽車に乗つて、豊野へ着いたのは丁度|正午《ひる》すこし過。叔母が呉れた握飯《むすび》は停車場《ステーション》前の休茶屋で出して食つた。空腹《すきばら》とは言ひ乍ら五つ迄は。さて残つたのを捨てる訳にもいかず、犬に呉れるは勿体《もつたい》なし、元の竹の皮に包んで外套《ぐわいたう》の袖袋《かくし》へ突込んだ。斯うして腹をこしらへた上、川船の出るといふ蟹沢を指して、草鞋《わらぢ》の紐《ひも》を〆直《しめなほ》して出掛けた。其間|凡《およ》そ一里|許《ばかり》。尤も往きと帰りとでは、同じ一里が近く思はれるもので、北国街道の平坦《たひら》な長い道を独りてく/\やつて行くうちに、いつの間にか丑松は広濶《ひろ/″\》とした千曲川《ちくまがは》の畔《ほとり》へ出て来た。急いで蟹沢の船場迄行つて、便船《びんせん》は、と尋ねて見ると、今々飯山へ向けて出たばかりといふ。どうも拠《よんどころ》ない。次の便船の出るまで是処《こゝ》で待つより外は無い。それでもまだ歩いて行くよりは増だ、と考へて、丑松は茶屋の上《あが》り端《はな》に休んだ。
霙《みぞれ》が落ちて来た。空はいよ/\暗澹《あんたん》として、一面の灰紫色に掩《おほ》はれて了《しま》つた。斯うして一時間の余も待つて居るといふことが、既にもう丑松の身にとつては、堪へ難い程の苦痛《くるしみ》であつた。それに、道を急いで来た為に、いやに身体《からだ》は蒸《む》されるやう。襯衣《シャツ》の背中に着いたところは、びつしより熱い雫《しづく》になつた。額に手を当てゝ見れば、汗に濡《ぬ》れた髪の心地《こゝろもち》の悪さ。胸のあたりを掻展《かきひろ》げて、少許《すこし》気息《いき》を抜いて、軈《やが》て濃い茶に乾いた咽喉《のど》を霑《うるほ》して居る内に、ポツ/\舟に乗る客が集つて来る。あるものは奥の炬燵《こたつ》にあたるもあり、あるものは炉辺へ行つて濡れた羽織を乾すもあり、中
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