のは、大方羽虫を振ふ為であらう。丁度この林檎畠を隔てゝ、向ふに草葺《くさぶき》の屋根も見える――あゝ、お妻の生家《さと》だ。克《よ》く遊びに行つた家《うち》だ。薄煙青々と其土壁を泄《も》れて立登るのは、何となく人懐しい思をさせるのであつた。
『姉よりも宜敷《よろしく》。』
 とまた繰返して、丑松は樹と樹の間をあちこちと歩いて見た。
 楽しい思想《かんがへ》は来て、いつの間にか、丑松の胸の中に宿つたのである。昔、昔、少年の丑松があの幼馴染《をさななじみ》のお妻と一緒に遊んだのは爰《こゝ》だ。互に人目を羞《は》ぢらつて、輝く若葉の蔭に隠れたのは爰だ。互に初恋の私語《さゝやき》を取交したのは爰だ。互に無邪気な情の為に燃え乍ら、唯もう夢中で彷徨《さまよ》つたのは爰だ。
 斯《か》ういふ風に、過去つたことを思ひ浮べて居ると、お妻からお志保、お志保からお妻と、二人の俤《おもかげ》は往《い》つたり来たりする。別にあの二人は似て居るでも無い。年齢《とし》も違ふ、性質も違ふ、容貌《かほかたち》も違ふ。お妻を姉とも言へないし、お志保を妹とも思はれない。しかし一方のことを思出すと、きつと又た一方のことをも考へて居るのは不思議で――
 あゝ、穢多の悲嘆《なげき》といふことさへ無くば、是程《これほど》深く人懐しい思も起らなかつたであらう。是程深く若い生命《いのち》を惜むといふ気にも成らなかつたであらう。是程深く人の世の歓楽《たのしみ》を慕ひあこがれて、多くの青年が感ずることを二倍にも三倍にもして感ずるやうな、其様《そん》な切なさは知らなかつたであらう。あやしい運命に妨《さまた》げられゝば妨げられる程、余計に丑松の胸は溢《あふ》れるやうに感ぜられた。左様《さう》だ――あのお妻は自分の素性を知らなかつたからこそ、昔一緒にこの林檎畠を彷徨《さまよ》つて、蜜のやうな言葉を取交しもしたのである。誰が卑賤《いや》しい穢多の子と知つて、其|朱唇《くちびる》で笑つて見せるものが有らう。もしも自分のことが世に知れたら――斯ういふことは考へて見たばかりでも、実に悲しい、腹立たしい。懐しさは苦しさに交つて、丑松の心を掻乱すやうにした。
 思ひ耽《ふけ》つて樹の下を歩いて居ると、急に鶏の声が起つて、森閑《しんかん》とした畠の空気に響き渡つた。
『姉よりも宜敷《よろしく》。』
 ともう一度繰返して、それから丑松は斯《
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