の包のやうに、べろ/\した儘《まゝ》で其処に置いてある。三人の屠手は互に庖丁を入れて、骨に添ふて肉を切開くのであつた。
 烈しい追憶《おもひで》は、復た/\丑松の胸中を往来し始めた。『忘れるな』――あゝ、その熱い臨終の呼吸は、どんなに深い響となつて、生残る丑松の骨の膸《ずゐ》までも貫徹《しみとほ》るだらう。其を考へる度に、亡くなつた父が丑松の胸中に復活《いきかへ》るのである。急に其時、心の底の方で声がして、丑松を呼び警《いまし》めるやうに聞えた。『丑松、貴様は親を捨てる気か。』と其声は自分を責めるやうに聞えた。
『貴様は親を捨てる気か。』
 と丑松は自分で自分に繰返して見た。
 成程《なるほど》、自分は変つた。成程、一にも二にも父の言葉に服従して、それを器械的に遵奉《じゆんぽう》するやうな、其様《そん》な児童《こども》では無くなつて来た。成程、自分の胸の底は父ばかり住む世界では無くなつて来た。成程、父の厳しい性格を考へる度に、自分は反つて反対《あべこべ》な方へ逸出《ぬけだ》して行つて、自由自在に泣いたり笑つたりしたいやうな、其様《そん》な思想《かんがへ》を持つやうに成つた。あゝ、世の無情を憤《いきどほ》る先輩の心地《こゝろもち》と、世に随へと教へる父の心地と――その二人の相違は奈何《どんな》であらう。斯う考へて、丑松は自分の行く道路《みち》に迷つたのである。
 気がついて我に帰つた時は、蓮太郎が自分の傍に立つて居た。いつの間にか巡査も入つて来て、獣医と一緒に成つて眺めて居た。見れば種牛は股《もゝ》から胴へかけて四つの肉塊《かたまり》に切断《たちき》られるところ。右の前足の股の肉は、既に天井から垂下《たれさが》る細引に釣るされて、海綿を持つた一人の屠手が頻と其血を拭ふのであつた。斯うして巨大《おほき》な種牛の肉体《からだ》は実に無造作に屠《ほふ》られて了《しま》つたのである。屠手の頭が印判を取出して、それぞれの肉の上へ押して居るかと見るうちに、一方では引取りに来た牛肉屋の丁稚《でつち》、編席《アンペラ》敷いた箱を車の上に載せて、威勢よく小屋の内へがら/\と引きこんだ。
『十二貫五百。』
 といふ声は小屋の隅の方に起つた。
『十一貫七百。』
 とまた。
 屠《ほふ》られた種牛の肉は、今、大きな秤《はかり》に懸けられるのである、屠手の一人が目方を読み上げる度に、牛肉屋の亭
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