、奈何《どんな》に春待つ心の烈しさを思はせたらう。斯《か》うして眺《なが》め/\行く間にも、四人の眼に映る田舎《ゐなか》が四色で有つたのはをかしかつた。弁護士は小作人と地主との争闘《あらそひ》を、蓮太郎は労働者の苦痛《くるしみ》と慰藉《なぐさめ》とを、叔父は『えご』、『山牛蒡《やまごばう》』、『天王草《てんわうぐさ》』、又は『水沢瀉《みづおもだか》』等の雑草に苦しめられる耕作の経験から、収穫《とりいれ》に関係の深い土質の比較、さては上州地方の平野に住む農夫に比べて斯の山の上の人々の粗懶《なげやり》な習慣なぞを――流石《さすが》に三人の話は、生活といふことを離れなかつたが、同じ田舎を心に描いても、丑松のは若々しい思想《かんがへ》から割出して、働くばかりが田舎ではないと言つたやうな風に観察する。斯《か》ういふ思ひ/\の話に身が入つて、四人は疲労《つかれ》を忘れ乍ら上田の町へ入つた。
上田には弁護士の出張所も設けて有る。そこには蓮太郎の細君が根津から帰る夫を待受けて居たので。蓮太郎と弁護士とは、一寸立寄つて用事を済《す》ました上、また屠牛場で一緒に成るといふことにしよう、其種牛の最後をも見よう――斯《か》ういふ約束で別れた。丑松は叔父と連立つて一歩《ひとあし》先へ出掛けた。
屠牛場近く行けば行く程、亡くなつた牧夫のことが烈しく二人の胸に浮んで来た。二人の話は其|追懐《おもひで》で持切つた。他人が居なければ遠慮も要《い》らず、今は何を話さうと好自由《すきじいう》である。
『なあ、丑松。』と叔父は歩き乍ら嘆息して、『へえ、もう今日で六日目だぞよ。兄貴が亡くなる、お前《めへ》がやつて来る。葬式《おじやんぼん》を出す、御苦労招びから、礼廻りと、丁度今日で六日目だ。あゝ、明日は最早《もう》初七日だ。日数の早く経《た》つには魂消《たまげ》て了ふ。兄貴に別れたのは、つい未だ昨日のやうにしか思はれねえがなあ。』
丑松は黙つて考へ乍ら随いて行つた。叔父は言葉を継いで、
『真実《ほんたう》に世の中は思ふやうに行かねえものさ。兄貴も、是から楽をしようといふところで、彼様《あん》な災難に罹るなんて。まあ、金を遺《のこ》すぢや無し、名を遺すぢや無し、一生苦労を為つゞけて、其苦労が誰の為かと言へば――畢竟《つまり》、お前や俺の為だ。俺も若え時は、克《よ》く兄貴と喧嘩して、擲《なぐ》られたり、泣
前へ
次へ
全243ページ中102ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング