言ふ風で、病気のことなぞはもう忘れて居るかのやうに、
『彼男《あのをとこ》も彼男なら、六左衛門も六左衛門だ。そんなところへ娘を呉れたところで何が面白からう。是《これ》から東京へでも出掛けた時に、自分の聟は政事家だと言つて、吹聴する積りなんだらうが、あまり寝覚の好い話でも無からう。虚栄心にも程が有るさ。ちつたあ娘のことも考へさうなものだがなあ。』
 斯う言つて蓮太郎は考深い目付をして、孤《ひと》り思に沈むといふ様子であつた。
 聞いて見れば聞いて見るほど、彼の政事家の内幕にも驚かれるが、又、この先輩の同族を思ふ熱情にも驚かれる。丑松は、弱い体躯《からだ》の内に燃える先輩の精神の烈しさを考へて、一種の悲壮な感想《かんじ》を起さずには居られなかつた。実際、蓮太郎の談話《はなし》の中には丑松の心を動かす力が籠つて居たのである。尤《もつと》も、病のある人ででも無ければ、彼様《あゝ》は心を傷めまい、と思はれるやうな節々が時々其言葉に交つて聞えたので。

       (四)

 到頭丑松は言はうと思ふことを言はなかつた。吉田屋を出たのは宵《よひ》過ぎる頃であつたが、途々それを考へると、泣きたいと思ふ程に悲しかつた。何故、言はなかつたらう。丑松は歩き乍ら、自分で自分に尋ねて見る。亡父《おやぢ》の言葉も有るから――叔父も彼様《あゝ》忠告したから――一旦秘密が自分の口から泄《も》れた以上は、それが何時《いつ》誰の耳へ伝はらないとも限らない、先輩が細君へ話す、細君はまた女のことだから到底秘密を守つては呉れまい、斯《か》ういふことに成ると、それこそ最早《もう》回復《とりかへし》が付かない――第一、今の場合、自分は穢多であると考へたく無い、是迄も普通の人間で通つて来た、是《これ》から将来《さき》とても無論普通の人間で通りたい、それが至当な道理であるから――
 種々《いろ/\》弁解《いひわけ》を考へて見た。
 しかし、斯ういふ弁解は、いづれも後から造《こしら》へて押付けたことで、それだから言へなかつたとは奈何しても思はれない。残念乍ら、丑松は自分で自分を欺いて居るやうに感じて来た。蓮太郎にまで隠して居るといふことは、実は丑松の良心が許さなかつたのである。
 あゝ、何を思ひ、何を煩ふ。決して他の人に告白《うちあ》けるのでは無い。唯あの先輩だけに告白けるのだ。日頃自分が慕つて居る、加《しか》も自
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