して、暫時《しばらく》休ませて頂かう、といふことに極め、軈《やが》て叔母に導かれ乍ら、草葺《くさぶき》の軒を潜《くゞ》つて入つた。日頃農夫の生活に興を寄せる蓮太郎、斯《か》うして炉辺《ろばた》で話すのが何より嬉敷《うれしい》といふ風で、煤《すゝ》けた屋根の下を可懐《なつか》しさうに眺《なが》めた。農家の習ひとして、表から裏口へ通り抜けの庭。そこには炭俵、漬物桶、又は耕作の道具なぞが雑然《ごちや/\》置き並べてある。片隅には泥の儘《まゝ》の『かびた芋』(馬鈴薯)山のやうに。炉は直ぐ上《あが》り端《はな》にあつて、焚火の煙のにほひも楽しい感想《かんじ》を与へるのであつた。年々の暦と一緒に、壁に貼付《はりつ》けた錦絵の古く変色したのも目につく。
『生憎《あいにく》と今日《こんち》は留守にいたしやして――まあ吾家《うち》に不幸がごはしたもんだで、その礼廻りに出掛けやしてなあ。』
斯《か》う言つて、叔母は丑松の父の最後を蓮太郎に語り聞かせた。炉の火はよく燃えた。木製の自在鍵に掛けた鉄瓶《てつびん》の湯も沸々《ふつ/\》と煮立つて来たので、叔母は茶を入れて款待《もてな》さうとして、急に――まあ、記憶といふものは妙なもので、長く/\忘れて居た昔の習慣を思出した。一体普通の客に茶を出さないのは、穢多の家の作法としてある。煙草《たばこ》の火ですら遠慮する。瀬川の家も昔は斯ういふ風であつたので其を破つて普通の交際を始めたのは、斯《こ》の姫子沢へ移住《ひつこ》してから以来《このかた》。尤《もつと》も長い月日の間には、斯の新しい交際に慣れ、自然《おのづ》と出入りする人々に馴染《なじ》み、茶はおろか、物の遣り取りもして、春は草餅を贈り、秋は蕎麦粉《そばこ》を貰ひ、是方《こちら》で何とも思はなければ、他《ひと》も怪みはしなかつたのである。叔母が斯様《こん》な昔の心地《こゝろもち》に帰つたは近頃無いことで――それも其筈《そのはず》、姫子沢の百姓とは違つて気恥しい珍客――しかも突然《だしぬけ》に――昔者の叔母は、だから、自分で茶を汲む手の慄へに心付いた程。蓮太郎は其様《そん》なことゝも知らないで、さも/\甘《うま》さうに乾いた咽喉《のど》を濡《うるほ》して、さて種々《さま/″\》な談話《はなし》に笑ひ興じた。就中《わけても》、丑松がまだ紙鳶《たこ》を揚げたり独楽《こま》を廻したりして遊んだ頃の物
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