《どうか》子孫に行はせたい。よしや日は西から出て東へ入る時があらうとも、斯《この》志ばかりは堅く執《と》つて変るな。行け、戦へ、身を立てよ――父の精神はそこに在つた。今は丑松も父の孤独な生涯を追懐して、彼《あ》の遺言に籠る希望と熱情とを一層力強く感ずるやうに成つた。忘れるなといふ一生の教訓《をしへ》の其|生命《いのち》――喘《あへ》ぐやうな男性《をとこ》の霊魂《たましひ》の其呼吸――子の胸に流れ伝はる親の其血潮――それは父の亡くなつたと一緒にいよ/\深い震動を丑松の心に与へた。あゝ、死は無言である。しかし丑松の今の身に取つては、千百の言葉を聞くよりも、一層《もつと》深く自分の一生のことを考へさせるのであつた。
牛小屋のあるところまで行くと、父の残した事業が丑松の眼に映じた。一週《ひとまはり》すれば二里半にあまるといふ天然の大牧場、そここゝの小松の傍《わき》には臥《ね》たり起きたりして居る牝牛の群も見える。牛小屋は高原の東の隅に在つて、粗造《そまつ》な柵の内には未《ま》だ角の無い犢《こうし》も幾頭か飼つてあつた。例の番小屋を預かる男は人々を款待顔《もてなしがほ》に、枯草を焚いて、猶《なほ》さま/″\の燃料《たきつけ》を掻集めて呉れる。丁度そこには叔父も丑松も待合せて居た。男も、女も、斯の焚火の周囲《まはり》に集つたかぎりは、昨夜一晩寝なかつた人々、かてゝ加へて今日の骨折――中にはもう烈しい疲労《つかれ》が出て、半分眠り乍ら落葉の焼ける香を嗅いで居るものもあつた。叔父は、牛の群に振舞ふと言つて、あちこちの石の上に二合ばかりの塩を分けてやる。父の飼ひ慣れたものかと思へば、丑松も可懐《なつか》しいやうな気になつて眺《なが》めた。それと見た一頭の黒い牝牛は尻毛を動かして、塩の方へ近《ちかづ》いて来る。眉間《みけん》と下腹と白くて、他はすべて茶褐色な一頭も耳を振つて近いた。吽《もう》と鳴いて犢《こうし》の斑《ぶち》も。さすがに見慣れない人々を憚るかして、いづれも鼻をうごめかして、塩の周囲《まはり》を遠廻りするものばかり。嘗《な》めたさは嘗めたし、烏散《うさん》な奴は見て居るし、といふ顔付をして、じり/\寄りに寄つて来るのもあつた。
斯の光景《ありさま》を見た時は、叔父も笑へば、丑松も笑つた。斯ういふ可愛らしい相手があればこそ、寂しい山奥に住まはれもするのだと、人々も一緒にな
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