艫の音は
靜かに波にひゞくかな

白帆をわたる風は來て
鬢の井筒《ゐづゝ》の香を拂ひ
花あつまれる浮草は
われに添ひつゝ流れけり

潮わきかへる品川の
沖のかなたに行く水や
思ひは同じかはしもの

わがなつかしの深川の宿

  下
その名ばかりの鮨つけて
やがて一日《ひとひ》は暮れにけり
いとまごひして見かへれば
蚊遣《かやり》に薄き母の影

あゆみは重し愁ひつゝ
岸邊を行きて吾宿の
今のありさま忍ぶにも
忍ぶにあまる宿世《すぐせ》かな

家をこゝろに浮ぶれば
夢も冷たき古簀子《ふるすのこ》
西日悲しき土壁《つちかべ》の
まばら朽ちたる裏住居

南の廂《ひさし》傾きて
垣に短かき草箒
破《や》れし戸に倚る夏菊の
人に昔を語り顏

風吹くあした雨の夜半《よは》
すこしは世をも知りそめて
むかしのまゝの身ならねど
かゝる思ひは今ぞ知る

身を世を思ひなげきつゝ
流れに添うてあゆめばや
今の心のさみしさに
似るものもなき眺めかな

夕日さながら畫のごとく
岸の柳にうつろひて
汐みちくれば水禽の
影ほのかなり隅田川

茶舟を下す舟人の
聲|遠近《をちこち》に聞えけり
水をながめてたゝずめば

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