らずや
    むらさきの
ぶだうのふさの
    かゝるとき

やさしからずや
    にひぼしの
ぶだうのたまに
    うつるとき

  妹
かぜはしづかに
    そらすみて
あきはたのしき
    ゆふまぐれ

いつまでわかき
    をとめごの
たのしきゆめの
    われらぞや

  姉
あきのぶだうの
    きのかげの
いかにやさしく
    ふかくとも

てにてをとりて
    かげをふむ
なれとわかれて
    なにかせむ

  妹
げにやかひなき
    くりごとも
ぶだうにしかじ
    ひとふさの

われにあたへよ
    ひとふさを
そこにかゝれる
    むらさきの

  姉
われをしれかし
    えだたかみ
とゞかじものを
    かのふさは

はかげのたまに
    手はふれで
わがさしぐしの
    おちにけるかな


 四 高樓

  わかれゆくひとををしむとこよひより
      とほきゆめちにわれやまとはむ

  妹
とほきわかれに
    たへかねて
このたかどのに
    のぼるかな

かなしむなかれ
    わがあねよ
たびのころもを
    とゝのへよ

  姉
わかれといへば
    むかしより
このひとのよの
    つねなるを

ながるゝみづを
    ながむれば
ゆめはづかしき
    なみだかな

  妹
したへるひとの
    もとにゆく
きみのうへこそ
    たのしけれ

ふゆやまこえて
    きみゆかば
なにをひかりの
    わがみぞや

  姉
あゝはなとりの
    いろにつけ
ねにつけわれを
    おもへかし

けふわかれては
    いつかまた
あひみるまでの
    いのちかも

  妹
きみがさやけき
    めのいろも
きみくれなゐの
    くちびるも

きみがみどりの
    くろかみも
またいつかみむ
    このわかれ

  姉
なれがやさしき
    なぐさめも
なれがたのしき
    うたごゑも

なれがこゝろの
    ことのねも
またいつきかむ
    このわかれ

  妹
きみのゆくべき
    やまかはは
おつるなみだに
    みえわかず

そでのしぐれの
    ふゆのひに
きみにおくらむ
    はなもがな

  姉
そでにおほへる
    うるはしき
ながかほばせを
    あげよかし

ながくれなゐの
    かほばせに
ながるゝなみだ
    われはぬぐはむ
[#改ページ]

 ゆふぐれしづかに


ゆふぐれしづかに
     ゆめみむとて
よのわづらひより
     しばしのがる

きみよりほかには
     しるものなき
花かげにゆきて
     こひを泣きぬ

すぎこしゆめぢを
     おもひみるに
こひこそつみなれ
     つみこそこひ

いのりもつとめも
     このつみゆゑ
たのしきそのへと
     われはゆかじ

なつかしき君と
     てをたづさへ
くらき冥府《よみ》まで
     かけりゆかむ
[#改ページ]

 月夜


しづかにてらせる
     月のひかりの
などか絶間なく
     ものおもはする
さやけきそのかげ
     こゑはなくとも
みるひとの胸に
     忍び入るなり
なさけは説《と》くとも
     なさけをしらぬ
うきよのほかにも
     朽ちゆくわがみ
あかさぬおもひと
     この月かげと
いづれか聲なき
     いづれかなしき
[#改ページ]

 強敵


一つの花に蝶と蜘蛛
小蜘蛛は花を守《まも》り顏
小蝶は花に醉ひ顏に
舞へども舞へどもすべぞなき

花は小蜘蛛のためならば
小蝶の舞《まひ》をいかにせむ
花は小蝶のためならば
小蜘蛛の糸をいかにせむ

やがて一つの花散りて
小蜘蛛はそこに眠れども
羽翼《つばさ》も輕き小蝶こそ
いづこともなくうせにけれ
[#改ページ]

 別離

[#ここから3字下げ]
人妻をしたへる男の山に登り其
女の家を望み見てうたへるうた
[#ここで字下げ終わり]

誰《たれ》かとどめむ旅人《たびびと》の
あすは雲間《くもま》に隱るゝを
誰か聞くらむ旅人の
あすは別れと告げましを

清《きよ》き戀とや片《かた》し貝《がひ》
われのみものを思ふより
戀はあふれて濁《にご》るとも
君に涙をかけましを

人妻《ひとづま》戀ふる悲しさを
君がなさけに知りもせば
せめてはわれを罪人《つみびと》と
呼びたまふこそうれしけれ

あやめもしらぬ憂《う》しや身は
くるしきこひの牢獄《ひとや》より
罪の鞭責《しもと》をのがれいで
こひて死なむと思ふなり

誰《たれ》かは花をたづねざる
誰かは色彩《いろ》に迷はざる
誰かは前にさける見て

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