下川に
うれひしづみし
    よなりけり

  姉
こぞのこよひは
    わがともの
おもひははるの
    よのゆめや

よをうきものに
    いでたまふ
ひとめをつゝむ
    よなりけり

  妹
こぞのこよひは
    わがともの
そでのかすみの
    はなむしろ

ひくやことのね
    たかじほを
うつしあはせし
    よなりけり

  姉
わがみぎのてに
    くらぶれば
やさしきなれが
    たなごゝろ

ふるればいとど
    やわらかに
もゆるかあつく
    おもほゆる

  妹
もゆるやいかに
    こよひはと
とひたまふこそ
    うれしけれ

しりたまはずや
    うめがかに
わがうまれてし
    はるのよを


 二 蓮花舟

  しは/\もこほるゝつゆははちすはの
      うきはにのみもたまりけるかな

  姉
あゝはすのはな
    はすのはな
かげはみえけり
    いけみづに

ひとつのふねに
    さをさして
うきはをわけて
    こぎいでむ

  妹
かぜもすゞしや
    はがくれに
そこにもしろし
    はすのはな

こゝにもあかき
    はすばなの
みづしづかなる
    いけのおも

  姉
はすをやさしみ
    はなをとり
そでなひたしそ
    いけみづに

ひとめもはぢよ
    はなかげに
なれが乳房《ちぶさ》の
    あらはるゝ

  妹
ふかくもすめる
    いけみづの
葉にすれてゆく
    みなれざを

なつぐもゆけば
    かげみえて
はなよりはなを
    わたるらし

  姉
荷葉にうたひ
    ふねにのり
はなつみのする
    なつのゆめ

はすのはなふね
    さをとめて
なにをながむる
    そのすがた

  妹
なみしづかなる
    はなかげに
きみのかたちの
    うつるかな

きみのかたちと
    なつばなと
いづれうるはし
    いづれやさしき


 三 葡萄の樹のかげ

  はるあきにおもひみたれてわきかねつ
      ときにつけつゝうつるこゝろは

  妹
たのしからずや
    はなやかに
あきはいりひの
    てらすとき

たのしからずや
    ぶだうばの
はごしにくもの
    かよふとき

  姉
やさしか
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