玉膚堆
かなしいかなや流れ行く
水になき名をしるすとて
今《いま》はた殘る歌反古《うたほご》の
ながき愁《うれ》ひをいかにせむ
かなしいかなやする墨の
いろに染めてし花の木の
君がしらべの歌の音に
薄き命のひゞきあり
かなしいかなや前の世は
みそらにかゝる星の身の
人の命のあさぼらけ
光も見せでうせにしよ
かなしいかなや同じ世に
生れいでたる身を持ちて
友の契りも結ばずに
君は早くもゆけるかな
すゞしき眼《まなこ》つゆを帶び
葡萄のたまとまがふまで
その面影をつたへては
あまりに妬《ねた》き姿かな
同じ時世《ときよ》に生れきて
同じいのちのあさぼらけ
君からくれなゐの花は散り
われ命《いのち》あり八重葎《やへむぐら》
かなしいかなやうるはしく
さきそめにける花を見よ
いかなればかくとゞまらで
待たで散るらむさける間《ま》も
かなしいかなやうるはしき
なさけもこひの花を見よ
いといと清きそのこひは
消ゆとこそ聞けいと早く
君し花とにあらねども
いな花よりもさらに花
君しこひとにあらねども
いなこひよりもさらにこひ
かなしいかなや人の世に
あまりに惜しき才《ざえ》なれば
病《やまひ》に塵《ちり》に悲《かなしみ》に
死《し》にまでそしりねたまるゝ
かなしいかなやはたとせの
ことばの海のみなれ棹
磯にくだくる高潮《たかじほ》の
うれひの花とちりにけり
かなしいかなや人の世の
きづなも捨てて嘶けば
つきせぬ草に秋は來て
聲も悲しき天の馬
かなしいかなや音《ね》を遠み
流るゝ水の岸にさく
ひとつの花に照らされて
飄《ひるがへ》り行く一葉舟《ひとはぶね》
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秋思
秋は來《き》ぬ
秋は來ぬ
一葉《ひとは》は花は露ありて
風の來て彈《ひ》く琴の音に
青き葡萄は紫の
自然の酒とかはりけり
秋は來ぬ
秋は來ぬ
おくれさきだつ秋草《あきぐさ》も
みな夕霜《ゆふじも》のおきどころ
笑ひの酒を悲みの
盃にこそつぐべけれ
秋は來ぬ
秋は來ぬ
くさきも紅葉《もみぢ》するものを
たれかは秋に醉はざらむ
智惠あり顏のさみしさに
君笛を吹けわれはうたはむ
[#改ページ]
初戀
まだあげ初《そ》めし前髮《まへがみ》の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛《はなぐし》の
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあ
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