ひに出すまでもなく、この世の旅の途中に、何等かの形で力餅を味はないものは、おそらく、なからうと思はれるからである。
力はこの世に開放された祕密のごときものであらうか。單なる肉體的なものから、深い精神に充ちたものに至るまで、あらゆる姿に於いて力は人をひきつける。たゞめづらしい力持があるといふだけでも、人は眼をみはる。遊戲として力をたゝかはせるものがあれば、それだけでも人の眼をよろこばせる。
金剛力といふべきものが人間の大きい體躯にのみ宿るとは限らないやうだ。むしろさういふすぐれた力の持主といふものは、背とてもあまり高くなく、どちらかと言へば小柄な人の方にあると聞くのもおもしろい。不思議な縁故から、わたしは、川越の隱居を通して眞庭流の劍客、故樋口十郎左衞門といふ人の平生をすこしばかり知る機會を持つたことがある。この劍道の達人は好きな蕎麥など人並はづれて食ひ、臺所に置く昔風な銅壺附きの二つ竈ぐらゐは樂々と持ち運び、夜中の半鐘に眼をさまして、それ火事だと聞きつける時は、明治初年の頃まで東京の町々の角にあつた木戸を飛び越えるくらゐの早業を平氣でして、まことに不思議な力の持主であつた。し
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