。がすくない。自分の家の近くには深山といふ茶の老舖《しにせ》があつて、そこから來るものは日頃わたしの口に適してゐるので、試みに買置きの深山を混ぜて見た。どうだらう、實に良い風味がそこから浮んで來た。その時の老母の話に、茶には香にすぐれたものと、味にすぐれたものとの別がある。一體に暖國に産する茶は香氣は高くてもその割合に味に劣り、寒い地方に産する茶は香氣には乏しいがこまやかな味に富むといふ。この老母に言はせると、おそらく深山のやうな老舖で賣る茶は多年の經驗から、古葉に新葉をとりまぜ、いろ/\な地方で産するものを鹽梅《あんばい》し、それに茶の中の茶ともいふべき『おひした』(味素)を加味して、それらの適當な調合から香もあり味もある自園の特色を造り出してゐるのであらうとの話もあつた。
この茶から、わたしは生一本のものが必ずしも自分等の口に適するものでないことを學んだ。生一本は尊い。しかしさういふものにかぎつて灰汁《あく》が強い。新葉の愛はもとより、古葉をおろそかにしないといふことが好い風味を見つける道であらう。鋭いものは挫《くじ》かねばならぬ。柔いものは大切にせねばならぬ。淡き、甘き、澁き、
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