轣Aわたしの仕事のあひまを見ては、一年に四度づゝはかならず上京し、吾家に滯在することを樂しみにしてゐる。
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九日。
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きのふは一日手紙を書いて暮した。あれも、これも、と心にかゝることはありながら、最早何となく小旅行の氣分が浮んで來た。旅する豫定の日數も短かいから、出掛ける前日をも旅のうちに數へて、けふは細見京繪圖大全としてある文久版の古い京都の地圖なぞを取り出して見た。
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十日。
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京都蛸藥師通り富小路西入る、千切屋に投宿。
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十一日。
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朝早く中京の町を歩いて見た。この小さな旅には家内を連れて來て、若王寺にある和辻君の家族を訪ねるといふたのしみがあつた。さすがに清げに住みなしてあつた。六疊の客間には座蒲團が五つに、煙草盆が三つも出た。晝すこし前に、和辻君に案内されて君の書齋を見、眺望のある二階の部屋へも上つて見た。夏はその二階も暑いと聞くが、でもそんなところに寢ころんで、青い楓の映る天井を眺めながら、裏山の小鳥の聲でも聽いて見たらばと思ふやうなところだ。軒先には枝ぶりおもしろい梨の木もあつて、その風情のある青い葉が客間からも食堂からも見られた。それが花から實に變る頃には澁くて食はれない『かりん』の實に似たものが成るとの細君の話も出た。果樹として無能無用に近いこんな梨の木ではあるが、風にも日の光にも敏感で、君が家族のすべての人達に愛されてゐた。
午後、和辻君は紫野の大徳寺へ案内しようと言つて呉れた。一臺の自動車は君等を載せ、お孃さんを載せ、元氣な夏彦君を載せ、家内とは舊い馴染の信子さんを載せ、そこへわたしたちまで割り込んだ時は車の上は二家族のものでこぼれるばかり。乘つて行つた先は洛北の地で、あの額田女王の古歌にある紫野のあととはこゝかとも想像して見たが、そのことはよく分らない。西陣の工藝地を通り過ぎて行つたところに大徳寺の古めかしい境内があつた。一休禪師の木像の安置してある眞珠庵を訪ねて、その一隅に遺つた利休の茶室を見る。庵主の僧も不在の時で、茶室の窓々はしめきつてあつたから、そこいらは薄暗い。僅かに案内の少年があけて呉れた一方の窓から古い床の間の壁に射し入る光線があるばかり。わたしたちは昔の人の意匠を前にして、心靜かに時を送ることもかなはなかつた。といふのは餘りに深く蒸した庭の苔は胸に迫つて來て、わたしたちの凝視を妨げもしたからであつた。人間の親和力を茶の道に結びつけた昔の人はこんなところで深く物を考へたものかなどと、とりとめもないことを想像しながら、その庵を辭した。歸路には往きと同じ道をとつて、新開地らしい町の出來たところを車の上から見て通り過ぎた。洛北の郊外も今は激しく移り變りつゝある。
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十二日。
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ゆうべ家内を連れて三條の大橋近くまで歩いて見た。
京都に見るべきものと言へば、何人《なんぴと》も先づこの都會に多い寺院に指を屈するが、それらの多くは長い年月の間に改築されたものであり、原形のまゝな記念の建築物の殘存するものは少數にしか過ぎないと聞く。現にわたしたちが見て來た大徳寺の眞珠庵も改築されたものの一つであつた。これは京都が幾度か兵亂の巷となつて、その度に、町も建物も改まつたことを語るものであらう。物語に見る朱雀大路のあとなぞも今は尋ぬべくもない。自分一個としては、この都會に多い寺院よりも、むしろ民家や商家の方に心をひかれる。その民家、商家に見つけるものの感じは、概して簡素で、重厚だ。
今度京都に來て見て意外にめづらしく思つたことはいろ/\あるが、衣、食、住、共に禪家の意匠から發したものの多く殘つてゐることも、その一つだ。遠い昔の遣唐使が支那から持ち來したものの深い影響を奈良に與へたことを思へば、多くの有爲な僧侶が宋時代あたりの支那からこの京都に持ち來したものの多いといふことも、不思議はないかも知れない。
すこし風邪の氣味で、けふは一日千切屋に暮した。青年時代の昔に、江州の方から旅して來て、京都魚の棚、油の小路といふところに泊つて見た日のことが胸に浮んで來る。佛蘭西から旅の歸りに激しく疲れたからだを休めて行つたのも、鴨川の河原から來る照りかへしの暑い日であつたことなぞも浮んで來る。家内は晝過ぎから和辻君の家へ行つて、夕景に戻つて來た。細君や信子さんも若王寺から話しに來た。
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十三日。
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和辻君の周旋で、午前に二條城のあとを見ることが出來た。君等とわたしたち兩人は、思ひがけない人に案内されて、今は離宮となつてゐるあの歴史的な建築物の内の深さに入つて見た。午後に、和辻君等に別れを告げた。三日の滯
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