て、少年時代のどの一片をとりあげても、いづれも意味深く語つてある。その中に、君は小學でも中學でも凡ゆる學科のうちで綴り方と作文が何より不得手で、幾度も零點を取り、旅先などから母親に宛てる手紙も書きにくかつたといふ一節がある。君はそれに續けて次のやうに書いてゐる。
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『母は私のハガキでも、私が戻るとそれを目の前に突きつけて、凡ゆる誤字文法を指摘した。第一文章が恰《まる》で成つて居らず、加《おま》けに無禮な調子であると訂正されるうちに、作文でも手紙でも私は、眞に考へたことや感じたことを、そのまゝ書くべきものではなく、さういふことを餘程|六ヶ敷《むづかし》い言葉を用ひて書くべきだ、さういふ窮屈を忍んで、決りきつたやうな眞面目さうな、嚴《いかめ》しさうな、そして思ひもよらぬ大袈裟な美しさうな言葉を連ねなければならぬのかと考へると、文字が亦、これがまた言語道斷といふ程拙劣であつて私は途方に暮れた。親戚などに父の代理として時候見舞などを書かされる場合に、母が傍で視張つてゐるのであるが、私には何うしても、末筆ながら御一同樣へも何卒宜しく御鳳聲の程を――などとは書けぬのであつた。』
とある。
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眞に考へたことや感じたことは、どうしてそのまゝ書くべきものではないかの疑問が、早くも牧野少年の胸に宿つたのであらう。君自身の語るところによると、君は結婚以前に三度もの戀愛を經驗したが、手紙はまるで駄目で、どんな類ひの手紙を相手の娘から貰つても容易にそれに匹敵するやうなことが書けず、それでも夢中になつて書くには書いたが讀み返すと、いつも全身が砥石にかゝつたやうな堪らぬ冷汗にすり減つたといふ。さういふ情人を見る時の君はまた、つい默り勝ちで、思はず欠伸《あくび》をするやうなことになつたり、眞面目なことを言はなければならない場合にも、つい空呆《そらとぼ》けて横を向いたりするやうな始末であつて、そのために君の求めるものは酬いられず、皆失戀に終つたとも語つてある。
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『どんなに熱烈に思つてゐても、四角張つた特に拙い漢字で、戀しき君よ……などとは書けず、また徹底的に眞面目さうな表情で、屹度結婚しようネ――などとさゝやいて、手などは握れなかつた。私は、あのアメリカの娘(中學を終る頃にさかんに手紙のやりとりをしたアメリカ人の娘)に示した態度
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