と云つて、本文を読んだりして描いて頂いたが、大変評判も宜いし、挿画としては、宜い物が出来た。
短篇集の初めは『緑葉集』を出した。これは鏑木さんに頼んだが、モデルの適当なのがないので、甥の夫婦を連れて行き、「老嬢」の方は甥の妻を写し、「水彩画家」の方は、甥の輪廓丈けを取つた。
博文館の方からは、『食後』と『藤村集』と二冊出したが、『藤村集』の方は長原さんにお願ひした。何にしろ表紙に使ふ宜い紙などが少ないので、黄の表紙に黒で、意匠は面白かつたが、本に成つて見れば、染めた紙故何んだか。然し簡単で宜いと皆が言つて呉れる。中の挿画は十七枚許り、木版に造つて頂かうと思つて、下図の様なものや、説明書のやうなものを拵へて御願ひした。他の短編には、何んだか「収穫」と題する一篇には、挿画の描き様がない。それから丁度大川端を通ると、秋の事で柿を売つてる男が有つて、どうしてもかう収穫の時分の感《かんじ》が表はれてゐるので、書き附けて手紙を上げて、果物売を描いて下さいと願つた。
『食後』の方は、有島さんに紹介して貰つて、南さんに御願ひした。さつぱりした物で、全然南さんの意匠で、広島の方で、手紙で往復したの故、困つた。版にすると、製版界の事情では、南さんや私の思ふ様に出来ない。
今の製版界の事情では、とても画家の満足する様な物は出来ない時代である。兎に角私は、自分の拵へる本は矢張自分で拵へて、多少趣味とか、自分の好みとか云ふ物を入れたいと思ふ故、ついつい画家の方へ、無理な事を願つたことが多かつた。
底本:「日本の名随筆 別巻87 装丁」作品社
1998(平成10)年5月25日第1刷発行
底本の親本:「藤村全集 第六巻」筑摩書房
1967(昭和42)年4月発行
入力:加藤恭子
校正:菅野朋子
2000年10月30日公開
2005年12月26日修正
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