sった。門松のある中に遊ぼうとするような娘子供は狭い町中で追羽子《おいばね》の音をさせて、楽しい一週の終らしい午後の四時頃の時を送っていた。丁度家には根岸の嫂《あによめ》が訪ねて来て岸本の帰りを待っていた。
「オオ、捨さんか」
と嫂は岸本の名を呼んで言った。この嫂は岸本が一番|年長《うえ》の兄の連合《つれあい》にあたって、節子から言えば学校時代に世話に成った伯母さんであった。「女の御年始という日でもありませんけれど、宅でも台湾の方ですし、代理がてら今日は一寸《ちょっと》伺いました」とも言った。
節子は正月らしい着物に着更《きか》えて根岸の伯母を款待《もてな》していた。何となく荒れて見える節子の顔の肌《はだ》も、岸本だけにはそれが早《は》や感じられた。彼はこの女らしく細《こまか》いものに気のつく嫂から、三人も子供をもったことのある人の観察から、なるべく節子を避けさせたかった。
「節ちゃん、そんなとこに坐っていなくても可《い》いから、お茶でも入れ替えて進《あ》げて下さい」
岸本は節子を庇護《かば》うように言った。長火鉢《ながひばち》を間に置いて岸本と対《むか》い合った嫂の視線はまた、
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