フように岸本の胸を通過ぎた。
「一切は園子一人の死から起ったことだ」
岸本は腹《おなか》の中でそれを言って見て、何となくがらんとした天井の下を眺め廻した。
七
母親なしにもどうにかこうにか成長して行く幼いものに就《つ》いての話は年少《としした》の子供のことから年長《としうえ》の子供のことに移って、岸本は節子や婆やを相手に兄の方の泉太の噂《うわさ》をしているところへ、丁度その泉太が屋外《そと》から入って来た。
「繁ちゃんは?」
いきなり泉太は庭口の障子の外からそれを訊《き》いた。二人一緒に遊んでいれば終《しまい》にはよく泣いたり泣かせられたりしながら、泉太が屋外からでも入って来ると、誰よりも先に弟を探した。
「泉ちゃん、皆で今あなたの噂をしていたところですよ」と婆やが言った。「そんなに屋外を飛んで歩いて寒かありませんか」
「あんな紅《あか》い頬《ほっ》ぺたをして」と節子も屋外の空気に刺激されて耳朶《みみたぶ》まで紅くして帰って来たような子供の方を見て言った。
泉太の癖として、この子供は誰にでも行って取付いた。婆やの方へ行って若い時は百姓の仕事をしたこともあると
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