までその勇気が出なかったのです。その点は許してください。
 最初この話を加藤大一郎さんにしましたとき、それはとうさんのためにもよかろうと言ってたいへん喜んでくれました。おまえたちもそう思ってくれるならとうさんも幸いに思います。
 何事も寛大に考えてください。おまえたちの力になろうとするとうさんの心に変わりはないのですから。
 それから、とうさんが生活を変えると言ったら、事あれかしの新聞記者なぞに大袈裟《おおげさ》に書き立てられても迷惑しますから、しばらくこの手紙の内容はおまえたちだけで承知していてください。友人にも世間の人たちにもおりを見てぽつぽつ知らせるつもりです。
 きょうは実に書きにくい手紙を書きました。
   十月二十三日[#地から6字上げ]父
    楠雄[#地から5字上げ](書簡から)



底本:「日本の名随筆31 婚」作品社
   1985(昭和60)年5月25日第1刷発行
   1986(昭和61)年6月30日第2刷発行
底本の親本:「人生論読本 第三巻 島崎藤村篇」角川書店
   1960(昭和35)年9月
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2007年7
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