うだ二人で出逢《であい》をしているところを乃公に見せてはくれまいか。きょうは赤十字社の北佐久総会というのがあるから、乃公は其処へ出掛る振《ふり》をして、お隣の小山さんに話している。よしか。桜井が来たらば、直に乃公の処へ知らしてくれ。お前の役はそれで済むんだ。そうしてお前はとにかく一旦柏木へ御帰り。お前がこれまで能く勤めてくれたのには、乃公も実に感心している。いずれ乃公の方からお前の御母《おっか》さんの処へ沙汰《さた》をして、悪いようにはしないから」
「難有うぞんじます」
丁《とん》、丁《とん》、丁《とん》と梯子段《はしごだん》を上って来る人の気配がしました。旦那様は急に写真を机の引出へ御隠しなすって、一口牛乳を召上りました。白い手※[#「※」は底本では「はばへん+白」、59−8]《ハンケチ》で御口端を拭《ふ》きながら、聞えよがしの高調子、
「さあ、今日は忙しいぞ」
六
丁度その日は冬至です。山家のならわしとして冬至には蕗味噌《ふきみそ》と南瓜《とうなす》を祝います。幸い秋から残して置いた縮緬皺《ちりめんじわ》のが有ましたから、それを流許《ながしもと》で用意しておりますと
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