う私の増長したのには呆《あき》れて了った、到底《とても》私のような性《しょう》の悪い女は奥様に役《つか》えないということを御話しなさいましたのです。
私は全身《まるで》耳でした。
「何だ、そんな高い声をして――聞えるじゃないか」と言うのは旦那様の御声。
「否《いいえ》、使に行って居りませんよ」
「その話は今止そう。私は非常に忙しい身だ。これから直ぐに銀行へ出掛けなくちゃならないんだ。……なにしろ、そんな者には早く暇をくれて了うがいい」
と言捨てて、旦那様は御立ちなさる御様子。
私は呆れもし、恐れもしました。油断のならぬ世の中。奥様のあの美しい朱唇《くちびる》から、こんな御言葉が出ようとは私も思掛ないのです。浅はかな、御自分の罪の露顕する怖しさに、私を邪魔にして追出そうとは――さてはと前の日の夢の御話も思当りました。私は表へ飛出して、夢中で雪道をすたすたと歩いて、何の買物をしたかも分らない位。風呂敷包を抱〆《だきしめ》て、口惜しいと腹立しいとで震えました。主人を卑《けな》すという心は一時に湧《わき》上る。今まで、美しいと思った御自慢の御器量も、羨《うらやま》しいと思った華麗《はで》
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