えかねて様子を見にいらしったのです。旦那様も唖《おし》、私も唖、手附《てつき》で問えば目で知らせ、身振で話し真似で答えて、御互にすっかり解った時は、もう半分|讐《あだ》を復《かえ》したような気に成りました。私も随分|種々《いろいろ》な目に出逢って、男の嫉妬というものを見ましたが、まあその時の旦那様のようなのには二度と出逢いません。恐らく画にもかけますまい。口に出しては仰らないだけ、それが姿《かたち》に顕《あらわ》れました。目は烈しい嫉妬の為に光り輝やいて、蒼ざめた御顔色の底には、苦痛《くるしみ》とも、憤怒《いかり》とも、恥辱《はじ》とも、悲哀《かなしみ》とも、譬《たと》えようのない御心持が例の――御持前の笑に包まれておりました。総身《からだじゅう》の血は一緒になって一時に御頭《おつむり》へ突きかかるようでした。もうもう堪《こら》え切ないという御様子で、舌なめずりをして、御自分の髪の毛を掻毟《かきむし》りました。こう申しては勿体《もったい》ないのですが、旦那様程の御人の好い御方ですら制《おさ》えて制えきれない嫉妬の為めには、さあ、男の本性を顕して――獣のような、戦慄《みぶるい》をなさいました。旦那様は鶏を狙《ねら》う狐《きつね》のように忍んで、息を殺して奥の方へと御進みなさるのです。怖《こわ》いもの見たさに私も随《つ》いて参りました。音をさせまいと思えば、嫌《いや》に畳までが鳴りまして、余計にがたぴしする。生憎《あいにく》敷居には躓《つまず》く。耳には蝉《せみ》の鳴くような声が聞えて、胸の動悸《どうき》も烈しくなりました。廊下伝いに梯子段の脇まで参りますと、中の間の唐紙が明いている。そこから南向の御部屋は見通しです。私は柱に身を寄せて、恐怖《こわごわ》ながら覗きました。
南の障子にさす日の光は、御部屋の内を明るくして、銀の屏風に倚添《よりそ》う御二人の立姿を美しく見せました。いずれすぐれた形の男と女――その御二人が彩色の牡丹の花の風情《ふぜい》を脇にして、立っていらっしゃるのですから、奥様も、歯医者も、屏風の絵の中の人でした。儚《はかな》い恋の逢瀬《おうせ》に世を忘れて、唯もう慕い慕われて、酔いこがるるより外には何も御存じなく、何も御気の付かないような御様子。私は眼前《めのまえ》に白日《ひる》の夢を見ました。男の顔はすこし蒼《あおざ》めた頬《ほお》の辺《あたり》しか
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