叱られても、お房はやはり母の懐《ふところ》を慕った。そして、出なくても何でも、乳房を咬《くわ》えなければ、眠らなかった。
三吉は又、自分の部屋をよく出たり入ったりした。子供の泣声を聞きながら机に対《むか》うほど、彼の心を焦々《いらいら》させるものは無かった。日あたりの好い南向の部屋とは違って、彼が机の置いてあるところは、最早寒く、薄暗かった。
収穫《とりいれ》の休暇《やすみ》が来た。農家の多忙《いそが》しい時で、三吉が通う学校でも一週間ばかり休業した。
ある日、三吉は散歩から帰って来た。お雪は馳寄《かけよ》って、
「西さんが被入《いら》っしゃいましたよ」
と言いながら二枚の名刺を渡した。
「御出掛ですかッて、仰《おっしゃ》いましてね――それじゃ、出直しておいでなさるッて――」とお雪は附添《つけた》した。
こういう侘《わび》しい棲居《すまい》で、東京からの友人を迎えるというは、数えるほどしか無いことで有った。やがて、「お帰りでしたか」と訪れて来た覚えのある声からして、三吉には嬉しかった。
西は少壮《としわか》な官吏であった。この人は、未だ大学へ入らない前から、三吉と往来して、
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