、最早《もう》こんなに笑っています」
「ホ、御機嫌《ごきげん》が直ったそうな」とお種はアヤして見せて、「これは好い児だ」
「私共のようにこう多勢でも困りますけれど、貴方の許《ところ》でも御一人位……」
「どうも豊世には子供が無さそうですテ……」
「真実《ほんと》に、分けて進《あ》げたい位だ」と三吉が笑った。
「くれるなら貰うわい」とお種は串談《じょうだん》のように言って、「しかしこれは皆な持って生れて来るものだゲナ。持って生れて来ただけは産む……そういうように身体に具《そな》わっているものと見えるテ――授からん者は仕方ない」
「なにしろ、私のところなぞは書生ばかりで始めた家でしょう――」と三吉は言った。「菊ちゃんが出来て、私が房ちゃんを抱いて寝なければ成らない時分は、一番困りましたネ……どうしても母親でなけりゃ承知しない……寒い晩に、子供は泣通し……こんなに子供を育てるのは厄介なものかしらんと思って、実際私も泣きたい位でした」
「皆なそうして育って来たのだわい」
「よく書生時代には、男が家を持った為にヘコんで了《しま》うなんて、そんな意気地の無いことがあるもんか、と思いましたッけが――考えてみると、多くの人がヘコむ訳ですネ」
「お雪さん、貴方は今女中無しか」
「ええ、幸い好いのが見つかったかと思いましたら、養蚕をする間、親の方で帰してくれって」
「どうして、それじゃナカナカ骨が折れる」と言って、お種は家の内を眺め廻して、「しかし、お雪さん、私も御手伝いしますよ。今日からは貴方の家の人と思って下さいよ」
 何となくお種は興奮していて、時々自分で制《おさ》えよう制えようとするらしいところが有る。顔色もいくらか蒼《あお》ざめて見える。三吉は姉を休ませたいと思った。
「菊ちゃん、来うや」
 こう訛《なまり》のある、田舎娘らしい調子で言って、お房は妹と一緒に裏の方から入って来た。


「母さん」
 お房は垣根の外で呼んだ。お菊も伯母の背中に負《おぶ》さりながら、一緒に成って呼んだ。子供は伯母に連れられて、町の方から帰ってきた。お種が着いた翌日の夕方のことである。
「オヤ、お提燈《ちょうちん》を買って頂いて――好いこと」お雪は南向の濡縁《ぬれえん》のところに立っていた。
「一寸《ちょっと》そこまで町を見に行って参りました」とお種は垣根の外から声を掛けた。お房は酸漿提燈《ほおずき
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