古屋に居ることが分りましたネ」と三吉は茶を入れ替えて兄に勧めながら言った。
「段々|詮索《せんさく》してみると、達雄さんが家を捨てて出るという時に、途中である銀行から金を引出して、それで芸者を身受けして連れて行った。それが新橋の方に居た少婦《おんな》さ……その時Mさんが、どうしても橋本は名古屋に居るに相違ない。俺にも行け、一緒に探せという訳で、それから名古屋に宿をとってみたが、さあ分らない。宿の内儀《かみさん》はやはりそれ者《しゃ》の果だ。仕方がないから、内儀に事情を話して、お前さんが探出したら礼をすると言ったところが、内儀は内儀だけに、考えた。なんでもそういう旦那には、なるべく早く金を費《つか》わして了うというのが、あの社会の法だとサ。では、十円出して下さい、私も身体が悪いから保養を兼ねて心当りの温泉へ行って見て来る、名古屋に二人が居るものなら必ずその温泉へ泊りに来る、こう内儀が言って探しに行ってくれた。果して一週間ばかり経つと、直ぐ来いという電報だ。そこで俺が飛んで行った。まだ蚊帳《かや》が釣ってあって、一方に内儀、一方にMさん、とこう達雄さんを逃がさないように附いて寝ていた。達雄さんが俺の方を向いたその時の眼付というものは……」
 森彦は何か鋭く自分の眼でも打ったという手付をして見せて、言葉を続けた。
「それから、Mさんと俺とで、懇々説いてみた。実に平素《ふだん》の達雄さんには言えないようなことを言ったよ――自分は何もかも捨てたものだ――妻があるとも思わんし、子があるとも思わん――後はどう成っても関《かま》わないッて。最早《もう》仕方無い。その言葉を聞いて、吾儕《われわれ》は別れた」
「エライ発心《ほっしん》の仕方をしたものだ。坊主にでも成ろうというところを、少婦《おんな》を連れて出て行くなんて」
 と三吉は言ってみたが、曾《かつ》て橋本の家の土蔵の二階で旧《ふる》い日記を読んだことのある彼には、この洒落《しゃらく》と放縦とで無理に彩色《いろどり》してみせたような達雄の家出を想像し得るように思った。いかに達雄が絶望し、狼狽《ろうばい》したかは、三吉に悲惨な感《かんじ》を与えた。
「あの時|吾儕《われわれ》の会見したことは、ちゃんと書面に製《こしら》えて、一通は記念の為に正太へ送ったし、一通は俺の許《とこ》に保存してある」こう森彦は物のキマリでもつけたように言っ
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